01

仕事帰りに好みの手を見つけた。色が白く、青い血管がうっすらと透き通っている。指はすらりと細く爪は清潔に切り揃えられており、私の好みの長さだ。彼女の手を見つけたきっかけは仕事帰りに私がカフェ・ドゥ・マゴに立ち寄った時のことだった。私のテーブルの隣で彼女が友人と会話を楽しんでいた。その際に何気なくテーブルに置かれた手に惹き付けられたというわけだ。

新聞を読むふりをしながら彼女たちの会話に耳を傾ける。どうやら彼女の名前は名前というらしい。話を聞いているうちに彼女の情報がわかってきた。ぶどうヶ丘高校の学生で親元を離れ一人暮らしをしている。一人暮らしか。手を貰うには旅行客と同じくらいちょうどいい相手だ。こんなにぴったりな条件がそろうとは、運が味方したのだ。このチャンスを逃さずにはいられない。今日、彼女を私のものにするのだ。

彼女の後をつけ、手を頂くことにしよう。今はこの優雅な時間を楽しむことにした。だが、中々彼女達の話が終わらなかった。女子高生とはこんなに話が長いのか。彼女の友人が彼氏の愚痴をこぼす。そんな友人に対し、彼女は親身に話を聞き、励ましている。本心なのだろうか。しかし、口では何とでも言える。今まで手を頂いてきた女の中にも自分の危機を逃れるために嘘をついたものはたくさんいた。手を頂くついでに彼女の心を試してみたくなった。

ようやく話が済んだようだ。彼女達の家は反対方向で、あっさり店の前で別れた。後ろから車で後をつける。彼女はアパートに入っていった。私は隣人のふりをしてインターホンを鳴らす。すぐに彼女の声がした。

「同じ階に住んでいるものですが、あなたの部屋番号の手紙が間違って届いていたので渡しにきました」
「今出ますので少々お待ちください」

すぐに彼女が出てきた。

「はい、っ」

私は彼女の肩を掴み後ろに押しやり、自身も部屋に入り込む。そして彼女の喉に準備していたナイフを突きつける。

「今から私についてきてもらう。抵抗したらどうなるかわかるね」

脅して彼女を車に乗せることに成功した。両手両足を拘束し、猿轡を噛ませ上からシートで覆う。これで完璧だ。私は運転席に乗り込み、ゆっくりと家まで車を走らせた。







目が覚めると私は見慣れない部屋で椅子に縛られていた。

「おはよう、目が覚めたようだね。」

私の目の前には男が立っていた。30代のサラリーマンの服装をした男だ。さっきまでの出来事を思い出し身体に緊張がはしった。

「私は吉良吉影。君は今日からここで私と暮らすんだ。居間に朝食を置いておいたから食べるといい。これから私は仕事に行ってくる。……拘束を外すが逃げようと思わないほうがいい。君が痛い目を見ることになる」

男は私の拘束をほどく。連れ去られて1日が経っていた。誘拐されたのにいつの間にか眠っているとは我ながら図太い神経をしている。

「それじゃあ行ってくるよ」

そう行って私の手にキスを落とす。嫌悪感を覚え振り払おうと思ったが、軽率な行動は控えようとぐっと堪える。

家に誰も居なくなり、少しホッとする。早くここから脱出しなくては。窓の外を見ると周りに民家は見当たらない。ここは随分と人里から離れているようだ。部屋の中を歩きまわって電話を探すが何もない。完全に外界から孤立していると感じた。こうなれば玄関から出ていこうか。そう考えたが思いとどまり、さっき吉良が言ったことを反芻する。

しかし、黙っているわけにもいかない。早くここから逃げなければ。玄関に着いたが特に扉に細工をしているようには見えない。鍵を回すとすんなり開く。誘拐しておきながら随分お粗末だと思ったが、気にしている暇はない。すぐに誰かに助けを求めよう。

私が扉を開けた時だった。目の前には仕事に出掛けたはずの男が立っている。

「やはり逃げようとしたね……いけない子だ」

男が一歩一歩私に向かって歩いてくる。それに伴い私は玄関へと逆戻りした。

「君が黙って私の帰りを待っているようには見えなかったからね。こっそり見張っていたんだよ。本当は今日は休みなんだ」
「……あ、あ」








彼女の顔は絶望に満ちていた。本当はこういうことはしたくないが、彼女が言うことを聞かないのが悪いのだ。すっかり怯えきった彼女を抱き上げて別の部屋に連れていくことにした。

連れてきたのは私の寝室だった。ベッドに彼女を座らせると彼女が怖がらないように床に膝をついて出来るだけ優しく話す。

「さっき君が酷い目に合うと言ったばかりなのに……私の忠告を聞いてくれなかったね。悪い子にはお仕置きをしなくちゃあいけない。私だって本当はしたくないんだ」
「……」
「君に選択権をあげよう。私は女性の手が好きなんだ。……昨日君は友達とカフェ・ドゥ・マゴにいたね。その子を私に差し出すか、君自身が僕の罰を受けるか」

「彼女を差し出してくれたら君は家に帰れる。さぁ、どうする?」

本当は彼女を家に帰すつもりはなかった。あの綺麗な手をみすみす手放したくはない。ただ昨日知った彼女の性格を試してみたかった。もし彼女が友人を売ったら手だけにすればいい、そう思っていた。自身を差し出すことは期待していなかった。

「私を……」

彼女の声が震えている。友達を売ったな、と思った。やはり昨日の言葉は口だけだったのだ。

「私を、っあなたに、差し出します。だから、友達は助けてください!」

予想外だった。まさか自分を売ってまでも友達を守ろうとするとは、彼女の気高い精神に感心した。

「じゃあ君が罰を受けるんだね」
「っはい」

彼女の目から涙が溢れている。

「今回は1回目だから、……そうだな、爪を切ってもらおうか」
「……」

彼女にいつも持ち歩いている爪切りを渡す。彼女は見るからに安心しているようだった。犯されるとでも思っていたのだろうか。

彼女は無言で爪切りを受け取り、私の指に手を添える。丁寧な扱いに好感を持つ。彼女を選んで正解だった。手の感触も心地よい。好みの手に触れられ、爪を切って貰うとはなんと至福の時なのだろう。彼女はパチンパチンと爪を切っていく。親指、人差し指……と順番に爪を切っている間、私は目を閉じて彼女の手の感触に集中した。

「終わりました」
「うん、良くできたね。今日はこれで終わりだけど、次はないと思ったほうがいい」

彼女は黙ってうつむく。

「君を傷つけたい訳じゃあないんだ。君がこの家で大人しくしていたら君を傷つけることはしない、約束する。でも君が約束を守らなかったら君にお仕置きをしなくちゃあならない。君だって痛い思いをしたくないだろう?」

彼女が二度と逃げ出さないように、幼子に話すように言い聞かせる。

「もうこんなことはしないと約束出来るね?」
「はい」

従順で愛らしい。

「少し休むといい。疲れただろう」

抱き寄せて背中を撫でていると緊張が解けたのか身体から力が抜け私のほうへ倒れてきた。

「おやすみ」

これで名前は私のものだ。ずっと手を近くに置いておくことができる、そう思い私は気を失った彼女の手に自身の手をそっと重ねた。






bkm