私が起きると名前は朝食を作っていた。
「おはようございます、アヴドゥルさん」
「おはよう、早いな」
「楽しみで目が覚めちゃいました。朝食できましたよ」
「ありがとう」
***
朝食を終えると私と名前はハン・ハリーリへ向かった。ハン・ハリーリにはたくさんの店が道路沿いに並んでいる。
「ここは?」
名前は目を輝かせて尋ねた。
「ハン・ハリーリというバザールだ。食べ物や衣服、なんでも揃っている。今の服だけでは足りないだろう」
「でも、私お金持ってません」
「ご飯を作ってくれているお礼だと思えばいいさ。あっちにも服が売っているから好きなものを選ぶといい」
名前が服を何着か選んだ。
「決まったか?」
「はい」
私は会計を済ませる。
「他に欲しいものはないか?」
「あの、」
名前が言いにくそうに口ごもる。
「遠慮しなくていいんだぞ」
「……髪の毛が邪魔なので髪留めが欲しいんです」
「そうか、確かにおろしたままでは邪魔かもしれんな。それにエジプトは暑いから髪を上げたほうが涼しいだろう。髪留めはあっちに売っている」
名前は髪留めをみると早速手に取り眺めている。しばらく眺めていると気に入ったものが2つあったようだ。
「迷っているのか?2つ買ってもいいぞ」
「…アヴドゥルさんが選んでくれませんか?」
「じゃあ、こっちだな」
私が選んだのは紅い髪留めだった。
「ではそれをお願いします」
私はお金を払い名前に手渡した。名前は早速髪を留める。名前によく似合っていた。
「ありがとうございます」
名前は嬉しそうに笑っている。
「そろそろ昼食にしないか?」
「はい、午後はどこに行くんですか?」
「それはお楽しみだ」
***
アヴドゥルさんは目的地までの道中、観光をしながら車を走らせた。私は車に揺られながら景色を楽しんだ。目的地につく頃には夕方になっていた。
「着いたぞ」
目的地はナイル川だった。
「綺麗…」
夕暮れで空が茜色に染まり、ナイル川はキャンバスのように空の色を映し出している。
「今日1日、すごく楽しかったです。ありがとうございます」
「私もだ、……名前、ずっと君に言いたかったことがあるんだ」
「?」
「私は名前のことが好きだ。3年前、名前がエジプトで死んだとき、後悔した。生きている時に伝えられていたらこんなに苦しむことはなかったのかもしれない。だから、どんな形であれまた名前に会えて嬉しかった。いつ名前が元の世界に戻るかわからないが、その前にこれだけ伝えたかったんだ」
3年前、私が好きだった人が目の前にいて、私のことを好きだと言ってくれている。
「名前?」
涙で視界がぼやける。嬉しい。
「っ、嬉しいです、アヴドゥルさん……私も好きです」
「抱きしめても?」
「服が濡れちゃいますよ」
「構わない」
アヴドゥルさんが私の身体を引き寄せる。温かい。ますます涙が溢れてくる。
「アヴドゥルさんっ……」
いつ元の世界に戻る時が来るかわからない。でも、それまではアヴドゥルさんと一緒にいたい、そう思った。
「泣きやんだか?」
アヴドゥルさんが私の髪を優しく撫でる。
「う、はい……」
泣き顔を見られたくなくてアヴドゥルさんの胸に顔を埋めたまま答える。
「そろそろ帰るか?」
「もう少し、だけ……」
「そうか」
泣き顔を見られたくないのともう少しこのままでいたくてアヴドゥルさんの服を握っていた。
***
家に帰ってきた。アヴドゥルさんが風呂に入っている間、ソファーに座りながらぼんやりしていた。アヴドゥルさんと両思いになったんだよなあ。
アヴドゥルさんが風呂から上がった。ソファーに座る私の隣に腰かける。時計を見るともう23時を回っている。
「っあの、一緒に寝ませんか?」
両思いだし、いいよね。
「ああ」
アヴドゥルさんが返事をしたかと思うと私を抱える。
「わっ」
一気に目線が高くなる。私たちはそのまま寝室に向かう。優しくベッドに降ろされ、私はベッドにもぐり込む。アヴドゥルさんもベッドに上がり私の隣に横になる。なんだが恥ずかしいな。少し距離をとろうとすると肩を掴まれる。
「そんなに離れると布団をかけられないぞ」
アヴドゥルさんに再び抱きしめられ、胸に顔があたる。アヴドゥルさんの心臓の鼓動が聞こえる。ああ、安心する。
「おやすみなさい」
「おやすみ」