俺は、千歳のある笑い方が好きではない。いつだってへらへらとしていて、腹がたつ。
今だってそうだ。
本当は泣きたいと表情に出ているのに、口許は笑顔を作っている。
また、へらりと千歳が笑った。

その笑顔に釣られる様に先程まで暗い雰囲気が漂っていた部室が幾分か明るくなった。
みんな千歳の笑顔で気持ちを入れ替え、湿った空気をなくそうと動き始めた。

その様子に千歳が笑った。先程よりも泣きそうになっている。
こんなにも分かりやすいのに、みんな千歳に騙されている。何で、誰も気づかないのだろうか。
何で、誰も気づいてあげないのだろうか。

気づけないみんなにも腹が立つが、何より腹立たしいのはやはり千歳だ。
今まで傍観者に徹していたが今回ばかりはいい加減うんざりだ。

ガタンと態とらしく、音をたてながら椅子から降り、千歳の元へと歩く。
そして、自分より少し高い位置にある、千歳の頬を両手で挟み無理矢理引き寄せる。
せっかくいい雰囲気になった部室の空気を壊すなんて部長らしくないかもしれないが、これだけは耐えられなかった。

「…泣きたいんやったら素直に泣けや」

シンとした部室に響き渡る自分の声。千歳の目を見ながらしっかりと伝える。

千歳はといえば、珍しく視線を泳がせ気まずそうに口を一文字に結んでいる。

俺のただならぬ様子に、隣で謙也とユウジがおろおろと狼狽しているのが視界の端で見えるが、今は千歳のが大事だ。
きっとこの機会を逃したら二度とないだろう。
一度目を伏せ、ゆっくりと話し出す。


「…別に無理して笑う必要なんてあらへんやろ」

「嫌なことがあったら言えばええやん。なんで一人で抱え込もうと思うん?」

「俺、千歳のそーゆーとこ嫌いや。少しは俺らのこと信用したらええんちゃう?」


思っていたことを言い切り、挟んでいた手で、ぱちんと頬を軽く叩けば予想外だったのかきょとんとされた。
俺の行動は他の部員にも予想外だったのか、みんな動きが止まったままだ。あの金太郎ですら、だ。

「っ、はは…!あはは…!は、…白石は、たいぎゃ面白かねぇ」

そんな不穏な空気を破ったのは千歳だった。きょとん顔から一変、作り笑いとは違う素の笑いになっていた。俺はその笑い方のが好きだ。きちんと感情が表情に出ていて、人間らしさがあって。

「…ちゃんと、笑えるやん」

思わず出てしまった言葉に、声を出して笑っていた千歳が、俺の顔を見て微笑んだ。凄く可愛かった。
そんな千歳とは正反対に、きっと今の自分は、呆れたような、怒っているような不細工な顔になっているのだろう。
間違っていた、とは絶対に思わないが、今更ながら自分が起こした行動が恥ずかしくなってきて、視線を反らした。
そして、可愛らしいってなんやねん、と自分自身にツッコミを入れた。
今さらながらやって来た、羞恥心に耐えられず下を向いている俺の頬を、千歳の大きくて、暖かい手のひらが包んで無理矢理視線を合わされた。
先程も見たが、やっぱり、作り笑いと違う千歳の笑顔は綺麗だった。


「しらいし、ありがとお」


その綺麗な微笑みを浮かべる千歳の、心地よい声が紡いだ言葉は感謝の言葉。


「…わかったならええよ。俺の方こそ叩いて悪かったわ」
「ん、白石が俺んこつ思ってやってくれたけん気にしてなかとよ」
「ほんならええわ。あんま溜め込むんやないで?」


うん、と千歳がきちんと頷いたのを確認して、せやったら部活いこかと声をかければ、そうやねっと返ってきた。

状況が未だ掴めていないで固まっている他のみんなには、はよ来るんやで?と、だけ声をかけて千歳と二人テニスコートへ向かった。
閉まったドアから、なんやったんいまの…と謙也の声が聞こえた気がしたが、外で貪る様にキスをしていた俺たちに答える術はなかった。


( 君のことならなんでもわかる )
( 悲しんでるのも、キスをしたがってるのも、全部わかるんだよ )
( だって、好き、だから )

僕から君への不器用な愛の言葉





他の誰が見てもわからないけど白石だけがわかる千歳の表情を書きたかったんだけど脱線し過ぎました…。なんだかよくわかんないですね。くら→ちとみたいになってますけどくらちとです。くらちと難しい…。
2000HIT有難う御座いました!
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