あかいほほ、あすをしんじられる宵
つまらない。国政も商業も円滑に進んでいる。良いことではあるのだが、如何せん暇である。
いつものようにお供もつけず(部下の幹部に知られたら怒られるだろう)ぶらぶらと適当な島を散策する。
人通りのまばらな町中で立ち止まり空を見上げる。なんの変哲もない青空。嗚呼、つまらない。
ふと下に引かれる感覚。それは、気付かずに無視してしまいそうなほどの小さな違和感。視線を下げるが、特に変わった様子はない。さらに視線を下げ足元を見ると、
「……あァ?」
真っ黒な長い髪の両サイドに桃色のリボンをつけた小さな少女が、夜空のような深い紫のキラキラと輝く目で此方を見上げていた。小さな少女のその小さな手には、しっかりとコートの裾が握られていて。
迷子だろうか?しかし平均より大柄な、しかもあまり良くない意味で有名な自分に手を伸ばすとは……怖いもの知らずなのか、ただの馬鹿なのか。
「お嬢ちゃん、おれに何か用か?」
ほぼ真上から見下ろし、口角を吊り上げたまま声をかける。が、少女はただただ視線を突き刺してくるばかり。
仕方なく足を折り曲げ座り込み(それでも少女と目線は合わないのだが)、再度声をかける。
「迷子か?」
ようやく少女ははっとしたように瞬きを繰り返し、小さく首を振った。ただし、縦ではなく横に。つまりは否定の意で、迷子ではないと。
ならば何故、こんなところに子供が一人でいるのか。
親は?家はどこだ?と聞いても首を横に振るばかり。孤児は別に珍しくない。だが、目の前の少女は小綺麗な格好で、とても孤児には見えない。無視して立ち去ろうにも、少女の手は依然としてコートの端を掴んだままで。じっと見上げてくる夜空に、何故か手を振り払うことを躊躇わせる。
さてどうしたものかと見つめ返していると、何か答えなければと思ったのか少女が口を開いた。
「パパもママも、ないの」
「おうちも、なくて」
思い出すように、考えるように、鈴を転がすような声でぽつりぽつりと言葉を零す少女。家も家族も"無い"のだと、可愛らしい声で紡ぐ。
しかしその夜空が涙に濡れることはなく、悲嘆の情を滲ませることもない。ただ淡々と、自分の知識を伝えるだけのように無感情で。
笑みも消し黙って聞いていたおれをどう思ったのか、少女はサングラス越しに見つめ返し、
「…!」
へにゃりと、表情を崩した。
警戒なんて欠片もしていない、裏もない、安心しきっているような顔で笑ったのだ。
「…ッフ……フフッ、フッフッフ!」
釣られるように笑いが込み上げる。目の前の不思議な少女に、そして、会って間もない少女の笑顔に心が揺れた自分に。
馬鹿馬鹿しい。だが、それ以上に。
「おもしれェ」
呟き更に笑みを深め、少女を抱き上げる。
きょとんとしている少女に名を聞けば、「ナマエ!」と笑顔と共に元気に返ってくる。
「ナマエ、おまえは今日から」
おれのモンだ。
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