"らしさ"

モモンガは重いため息を吐いた。


今度の遠征に連れて行ってやって欲しいと言われたのは、よく噂を耳にする海兵曹長だった。


あまり良い噂は聞かないのだが、と不安になるがガープ中将に押し切られた。
「ナマエはいい子じゃ!心配するな!」と豪快に笑っていたが、果たしてどうなのだろうか。


資料にと渡された履歴書を眺め、ふと気づく。


件の曹長殿の噂は、曰くデスクワークだけはサボるのだと。曰く戦闘狂なのだと。曰く女癖が悪いのだと。そういった噂ばかりだったはずだが。
目線の先にあるのは、性別欄。
噂から、そして海軍という職場から、話題の人物は男だろうと思っていたのだが。


「…女?」


さて、記入ミスなのかはたまた所詮噂は噂だったのか。
どちらにせよ会えばわかる事だろうと、残りを適当に流し読んだ後引き出しへ仕舞った。




***

「今回の遠征へお供させていただきます、ナマエです!」


よろしくお願いしまーす!と元気に挨拶するナマエはどこか幼さの残る印象の小柄な男だった。女だと言われれば、そう見えなくもない中性的な顔つきにやや高い声。だが立ち振る舞いは男のそれに見えたため、資料データは記入ミスだったのだろうと思う。


そうして海賊討伐の遠征へ出かけ、噂は真実だと知るに至る戦闘を目にしたモモンガは彼が海軍でよかったと心底思った。
誰よりも最前線で誰よりも多く戦っていた彼は、戦闘後誰よりも元気だった。けろっとした顔で他の海兵たちに「鍛錬が足りないんじゃない?」と冗談混じりに笑っていた。
だがもしかしたら無理をしているだけかもしれない。もしくは、本人が自身の体に無頓着なのかもしれない。彼の身を預かった上司としては、きちんと体調管理もしなくてはならないだろう。

そう思い、モモンガは汚れた制服を着替えているであろうナマエにあてがわれた部屋の扉をノックした。
中からは「はーい」とやや間延びした返事と衣擦れの音が聞こえた。今いいかと扉越しに声をかけ、どーぞと了承されたから、扉を開け中に入った。
そう、モモンガは何もおかしくはない。おかしくはないのだが。


「失礼するぞ………?!」
「おやぁ、モモンガ中将。どうかされました?」


扉の奥には当然ながら着替え途中のナマエがいた。十分予想はできていたことだ。だがしかし、予想外なのはその身体だった。
ちょうど脱ぎ終えたところだったのか、下着姿も同然なナマエ。男なら多少間の抜けた格好ではあるものの問題はないだろう。
しかし、だ。ナマエの身につけている下着はどう見ても女性のそれだった。薄手のタンクトップ越しにちいさな丸みを帯びた膨らみも確認できる。
そうしてモモンガはどこかぼんやりと資料の履歴書はミスではなかったんだなと思いながらも固まった。
そんなモモンガを見て不思議そうに名を呼びながら歩み寄ってくるナマエ。もちろん、そのままの格好で。

手を伸ばせば触れ合う、というところではっと我に返ったモモンガは慌てて後ろを向き声を上げる。

「なぜ着替えてる途中なのに中に通したんだ!」
「え、いやただ着替えてるだけなのに追い返すわけにもいかないでしょう」

女だろう。ええ、生物学上女ですけどもそれが。
さも当たり前だと、それがどうしたと言わんばかりに至極不思議そうに返すナマエにモモンガは頭を抱えた。


「……お前に、恥じらいはないのか」
「いやぁこんな色気の欠片もない身体を見られたところで何か減るでもないですし」


けらけらと笑い声が背後から聞こえ、それでも女だろうと返せば性別なんて大した問題じゃないですよとやはり笑い混じりに返される。


「ぼくはね、ぼくにぴったりな姿で居たいんですよ。ぼくらしく居られれば、男に見られようと女に見られようと構わないんですよ」


ようやく服を着ながらくれた返事は何故かすとんと胸に落ちた。それほど彼、いや、彼女の事を知らないのに、その答えはとてもしっくりきた。

振り返れば穏やかな笑顔を浮かべているナマエが目に入る。格好は男で、体は女で、けれどもそれら全てがあってのナマエ。なのだろう。
なかなかどうして、彼女は曹長なんて地位に留まっているのか。もっと大きな器だろうに。

そう思い、けれどそれもまた彼女らしさかとモモンガも小さく笑みを零す。



「いやぁそれにしてもぼくなんかの下着姿であんなに焦るだなんて、モモンガ中将ってかなり初(うぶ)なんですねぇ」


本部に帰ったら言いふらそ!と、途端に悪戯っ子のような笑みを浮かべるナマエにモモンガの表情が固まる。

本人らしさ、というのは、必ずしも良い事ばかりではない。モモンガはそう教えられた気がしたのだった。

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