しろいゆき、すべてはんしゃする ゆめ
「もねおねえちゃん」
鈴の転がるような愛らしい声で呼ばれ振り返れば、その手には少し余る大きい絵本を抱えるようにして持つ小さな少女。
なぁに、どうしたの?と屈んで目線を合わせれば、ずいと絵本を差し出してきた。絵本のタイトルは『スノーマン』、表紙には雪だるまの絵が描かれている。読んでほしいのだろうかと思っていると、少女は目を輝かせて訪ねてきた。
「ゆきって、いつふるの?」
どうやら絵本に感化されたらしい。可愛らしい少女の、可愛らしい問いかけにふふっと小さく笑いながら、答える。
「残念だけれど、今は春だから雪は降らないわ」
しかもそろそろ夏に差し掛かる頃だ。雪の降る冬になるには半年以上かかるだろう。
がーん!という効果音がつきそうな顔をしてショックを受けた様子のナマエ。申し訳ないが、そんな姿も可愛らしく、微笑ましい気持ちで見てしまう。
「雪が見たかったの?」
「あのね、ゆきだるまつくってみたかったの…」
しょんぼりしているナマエは、雪遊びは出来ないと思っているのだろう。どんな顔も可愛いけれど、やっぱりナマエには笑顔が一番似合う。そんな可愛くて可愛くて仕方がない少女のために、せっかくの能力を惜しむ理由などない。
「ねぇ、ナマエ」
わたしが魔法をかけてあげるわ。
「しゅがーちゃんっ!でりんじゃーちゃんっ!はやくはやくー!!」
きゃーっと歓声を上げて広い庭を駆け回るナマエ。そんなナマエに急かされしぶしぶと後に続くシュガーに、一緒にはしゃいであげているデリンジャー。彼女らは今の季節に相応しくない、厚手のコートにマフラーと帽子、そして手袋をはめて遊んでいる。そう、一面が銀世界と化しているお城の庭で。もちろん、わたしの悪魔の実の能力で雪を降らせた。
全身で喜びを表現しながら雪を堪能しているナマエを見て、幸せな気持ちになる。
私だけではない、シュガーもデリンジャーも、他の皆も、若様も。誰もが彼女を愛おしく思い溺愛してしまう。彼女も何かの能力者なのだろうか?そう思ってしまうほどに、ナマエは不思議な存在だった。けれど悪いモノではない。むしろ、彼女のおかげで城内はいつも平和だ。笑顔で満ち溢れる。自分たちが海賊であるということを忘れてしまいそうになるほどに。
「もねおねえちゃんっ!」
笑顔でこちらに向かって手を振るナマエは、体のあちこちについた雪が太陽光を反射しキラキラと輝いていた。その姿はあまりに眩しく、まるでこの世のものではないのかのようで、消えてしまいそうで。
手を、伸ばす。
モネとナマエとの距離は、今は離れている。手を伸ばした程度じゃ届かない。手が届こうが届かまいが、眩しく見えたからといってナマエが消えてしまうはずがない。わかっている。けれどどこか心の底で燻っている不安感。目を細める。手は、降ろせない。
もっと、と腕を伸ばした。
きゅっと、弱い力で、けれど暖かい小さなものが手を握る。
はっとして見下ろせば、駆け寄ってきてくれたらしいナマエが手を握っている。不思議そうな顔でこちらを見上げていたナマエは何を感じ取ったのだろう。わたしの手を引き寄せ自分の頬に当てるとへにゃりと笑った。
「どこにもいかないよ」
本当に、この子は何者なのだろう。何を、どこまで知っているのだろう。
それともただの偶然なのだろうか。ただ、わかるのは。
「わたしね、どふぃも、もねおねえちゃんも、みんなみーんなすきだよ!」
だからここにいる!と笑う少女に惹き寄せられるのは、仕方のないことなのだということだけだ。
わたしは、わたしたちは、仄暗い世界を生きてきているからこそ、このあたたかく眩しい光に恋焦がれているのだ。離れられるはずがない。こんなわたしたちにも、夢のようなあたたかな世界をくれる存在なのだから。
「えぇ、わたしたちもナマエのことが好きよ」
愛してるわ、だから貴方もわたしたちを愛していて頂戴ね。
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