すみれいろのあさ、抱きしめる きみ

ふと脳裏にナマエの姿がよぎる。
仕事の関係上、最近はあまり城に居られていないのだが、ナマエはいつも「おしごとがんばってね」と送り出してくれる。そう、年の割に聞き分けの良いいい子なのだ。
…けれど。


「………」
「…?どうか、されましたか…?」


取引先の相手が黙り込んだドフラミンゴに怪訝そうに、そして不安そうにびくびくとしながら声をかける。
それにいやなんでもないと返し、商談を進める。
幼いが賢い子だ。妙なところで大人びた雰囲気を感じる、不思議な子ども。それに城には他のファミリーたちもいる。何も心配はいらないだろう。





そうして夜も更けもうすぐ朝日が顔を覗かせるだろうと言う頃、久々に城へ帰ってきた。
時間が時間なだけあり、出迎える部下の数は少なく当然その中に小さな子どもの姿はない。部下たちに適当に荷物やコートを預けていれば、ふと殺気に似た視線を感じる。顔を向ければ、そこにはベビー5やモネといった女性陣の姿。機嫌が悪いらしく眉間に皺を寄せいかにも怒っています!といった表情だったりただただ冷たい笑みを浮かべていたり。……何かあった、いや、何かしただろうか?
内心やや冷や汗をかきながらもどうした?と声をかける。

「若様、まさか忘れちゃってるわけじゃないわよね?」

あの子の存在。と、ベビー5が口を開く。あの子、とは、ナマエのことだろう。忘れるわけがない、あれはおれの物だ。仕事中も、気を張っていないと脳裏にちらついてしまうほどに大切な、大きな存在。

「そうね、存在自体は忘れていないわよね。でも」

あの子のこと、忘れてるんでしょう。と、モネが呆れを含んだ、責めるような目でおれを見る。ナマエの"こと"?それはどういう意味だろうか。

「あの子は、ナマエは……誰よりも何よりも、若様に依存しているのよ?」

本当は知っているでしょう、知っていたでしょう。と、彼女らに言われ思い出す。そうだ、如何に聞き分けが良くともナマエはまだ幼い子どもで、その小さな体の中にある不安定な心の支えになっていたのは、他でもない……


毎朝毎晩、それこそ24時間毎日ずっと、ナマエはおれのことを待っていたのだろう。
いつも見せるにこにことした笑顔ではなく、不安げに涙をためた顔で。


気が付いたらナマエに宛がった部屋の前まで来ていた。
そっと音をたてないように扉を開け中を窺う。大きな天蓋付きベッドの真ん中に小さなふくらみが出来ている。それへ近づけば、頭までシーツを被ってるようで姿は見えなかった。静かに、静かに。シーツをめくりその顔を見た途端、胸には罪悪感が広がった。あぁ、おれにも罪悪感なんて感情があったんだなぁとどこか遠い所で考えた。
大きな瞳は瞼に閉じられ、輝く夜色は見れない。柔らかく色づいている頬には、涙の跡。枕もシーツも湿っており、ずっと泣いていたことがわかる。

「ナマエ」

ごめんな、ただいま。小声で呟いて優しく梳くように頭を撫でる。
ふるり、と睫毛が震え夜の帳が開きおれを捉える。

「ど、ふぃ?」
「あぁ」

悪いな、起こしちまったか。と再度寝かしつけようとした手をするりと避けて、ナマエはぽすんと胸へ飛び込んできた。ぎゅうと締め付けてくる短い腕は、おれの心も締め上げるようだった。けれど。



「おかえりなさい…!」


ふにゃりと幸せそうに満面の笑みで見上げてくる少女に、心は緩みあたたかくなる。
釣られるように微笑み、抱き締め返す。これは、一生手放せないな。

「ただいま」

白み始めた空から差す光が、カーテンを通って部屋を菫色に染め上げる。それは夜の色、ナマエの色。終わりの色、そして、始まりの色。

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