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信号が青になっている間、流れる音に足を動かそうとして寸でで止めた。俺が渡る側ではない方の信号が青だったらしい。目の前には途切れることもなく車が走っている。まだ赤だった。
退屈な時間。たいしたことないこの時間も、何故かもったいないと思ってしまう。何事もきっちりしているわけではない、むしろルーズな方だと自分でもわかっている。せかせかするのは性に合わない。それでも。
テニスがしたい。
さっきまで部活で散々やっても、まだ足りない。きっと桃先輩だって菊丸先輩だって、手塚部長だってきっとそう思ってる。足りない。まだやれる。もっと、もっと上に。
ラケットを握る。審判のコール。ボールを打つ音。コートを蹴る足。

そこまでイメージして忘れていた事を思い出した。新しいシューズを買いに行くんだった。ここから少し離れたところに出来た、スポーツ用品店。新オープンしたそこはこじんまりな外見のわりに、種類が沢山あると菊丸先輩か誰かが話していた気がする。どうせだからそこへ行こう。

顔を上げるとちかちかと青が光って赤に変わる。スポーツ用品店は、俺が行こうとしたところじゃなくて、今赤に変わった信号のほうにある。つまりまた待たなくちゃいけなくなった。

「ちぇ」

今度は早く行きたくて、またこの時間がもったいなく思った。








辺りも大分暗くなった。街灯がつきだして夜になる。曖昧な記憶を辿りながらスポーツ用品店を目指して歩く。たしか、この路地を右に。そう思っていたのに、何故か視線が左にいく。見慣れた背丈が見えたからかもしれない。長いみつあみは、持ち主がきょろきょろとしているからか左右に揺れている。テニスバックを背負っている、よりは背負われているように見えるのはいつものこと。

どこか不安そうにうーん、と唸ったり首を傾げたりしている。
その様子がちょっと面白くて眺めていたら、やっと俺のほうを向いた。目があった瞬間、大きな瞳が驚きでこぼれ落ちるくらい大きくなった。

「リョーマくん!」
「竜崎、そこでなにしてんの。また迷子?」
「えっ、えっと、あれ、なんでわかるの?」

パタパタと世話しなく駆け寄ってくる。
危なっかしく走る姿に手を伸ばそうとして、とたんに恥ずかしくなって出来なかった。何してんの俺。目の前に立った竜崎は、走ったからか頬がほんのり赤かった。体力がない。まだまだだね。でも、息は切れてなかったから言わなかった。前に比べると、成長してんじゃん。ちょっとだけ、ね。

「あ、あのリョーマくん。この辺にね、新しいスポーツ用品店が出来たって聞いたから来てたんだけど」
「ああ、それなら俺も行くとこだけど」
「えっ、リョーマくんも?」
「ふうん。それ探しててきょろきょろしてたんだ」

でも見つからなくて、と困ったように笑う。どのくらい探していたんだろう。本当は、すぐそこにあるのに。
スカートよりも下にあるみつあみの先をちょいちょいと引っ張ってから歩き出す。多分、竜崎が行こうとしていたところと反対のところに。右の路地。信号の向こう側。

「方向オンチ。」
「え、え、リョーマくんっ」
「ほら、行くんじゃないの。俺も行くんだから、付いてこれば着くんじゃない」
「あっ、ま、待って!」

少しだけ目線の下にある頭がちょこちょこと動きながら付いてくる。女の子特有の華奢な肩には、やっぱりテニスバックは重たそうだった。紐をぎゅ、と握りしめた手はどこか嬉しそうで、その重さも苦ではないらしい。
近くにいるのに、街灯がなければきっと顔も見えない。どこかそわそわしている様子は、暗くなった外には似合わない。
車が走り抜けていく。また、信号に足止めを食らった。

「こんな時間まで探してたの」
「でも、部活終わってからだから、その、そんなに時間は経ってない、…かも」
「嘘。女テニは今日俺たちより早く終わってたでしょ。結構探していたんじゃない」
「…うん。地図も貰ったんだけどね」
「危ないじゃん。暗くなってるし、女の子一人じゃ、さ」

ああ、また、だ。また、恥ずかしくなってきた。別に変なことは言っていない。中学生の女子が、暗くなっても外にいたら危険なのは普通のことで、それを指摘してるだけだ。
いや、違う。そうじゃない。俺が今から言おうとしていることが。

「今度遅くなりそうなら、俺を誘いなよ。暇なら、付き合ってあげなくもないけど」
「えっ、でも、リョーマくん忙しそうだし、迷惑じゃ…ないの?」
「別に。あんた危なっかしいんだから、暗い時間までうろうろしてるほうが迷惑。だったら、俺がいたほうがいいでしょ。まあ、暇だったら、だけど」
「ほ、本当に?ありがとうリョーマくん!」

ぱああと効果音がつきそうな輝いた顔で笑う。本当わかってない。純真無垢な笑顔が、危なっかしい。
嬉しそうに見つめられて、頬の赤みが伝染しそうで見つめ返せない。
まだ青にならない信号に、今度は感謝した。並んで待つ。会話なんて、どっちもあんまり喋らないからあまりない。けど。

少しだけでも長く、なんて。あーもう恥ずかしい。こんなの俺じゃない、でも。
隣にいる体温が、心地いい。







(120628)
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