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※ゆるーい過去捏造
※ほのぼの暗め
※家族大好き兄弟


-鳥籠は鍵のついたまま野に放たれた-



本を取り、埃を払って題名を確認しては本棚に戻す。それを繰り返して数十分は経っているのかもしれない。
舞う埃を吸ったせいで先程からくしゃみが止まらない。
あまり活用しない奥側の書庫といえどナイトレイ屋敷の部屋として、埃まみれなのはどうなんだ。

「…今度女中たちに掃除させるか」

はあ、とため息をつくと、また鼻がむずむずしだした。
時計を持ってくるのを忘れたせいで、刻がどのくらい進んだのか、感覚ではもうわからなくなっている。
白い手袋をパンパンと叩くだけでまた埃が舞う気がした。

不意にこつこつと靴の音がして、その方向に視線を向けると見知った顔が現れた。

「エリー、ここにいたのか」
「アーネスト…どうしたんだ、こんなところに」

それはこっちの台詞だ、と自分の兄であるアーネストが困ったように笑った。
まだアーネストは外から帰ってきてそのままの格好なのか、コートをまだ羽織っている状態だった。

「エリーが学校から帰ってきてるって言うから、急いで帰ってきたのに、エリーの姿が見えなかったから」

だから、帰ってきたその足で俺を探したのか。
血の繋がりがないあの義兄らほどではないが、アーネストも大概弟に甘いと俺でも思う。
義兄ら、ギルバートとヴィンセントの、特にヴィンセントから兄に対する異常な間柄というわけではないが。あいつら、特にヴィンセントはどうにかならんのか。特にヴィンセント。

「…ヴィンセントがどうかしたのか?」
「え?いや、なんでもねぇ」
「ふぅん。…そういえば、何してんだ?ここあまり使わない書庫だろ。探し物か?」
「まあ、そんなところだな」

傍に寄ってきてもの珍しげにアーネストは視線をさ迷せる。
先程俺がやったように本を手に取っては元に戻していく。

「…埃っぽいな。なあエリー、なに探してんだ?」
「ヴァネッサの…」
「ヴァネッサ?ヴァネッサに探せって言われたのか?こんな埃まみれの…」
「違う、アーネスト、違うから落ち着け」

上のほうにあるアーネストの瞳が、一瞬鋭く光るのを感じとって、微かに身体が緊張する。長兄ではないが、ナイトレイの血筋に残るヒヤリとした闇の色を宿したような威圧が、アーネストは幾分強い。と俺は常々感じていた。
どうしても慣れない、アーネストの威圧感。だけれど俺が即座に否定したおかげでそれは緩和した。
アーネストにとって妹であるヴァネッサも彼の家族思いの中だけれど、そのヴァネッサが俺に探しものを指定したのだと勘違いしたらしい。

多分、そんなことを俺にやらせないで女中にさせろ、ということなのかもしれない。

「違うんだ、アーネスト。そろそろヴァネッサの誕生日だろ?」
「そうだな。ヴァネッサが嫌がるから大きなパーティーはしないが…ケーキ職人には連絡したっけな。……ヴァネッサの誕生日と何の関係があるんだ?」
「ヴァネッサが昔好きだった本がたしかここで見かけた気がして、な」
「もしかして、あの…花言葉の本か?」

ヴァネッサは父親であるナイトレイ公爵に似た美しい黒髪の、俺の姉でアーネストの妹だ。
俺が物心ついたときにはすでに花や花にまつわる物語や言葉が好きだった。
彼女の話を聞いているうちに俺まで色々花のことを知っている。
貴族の令嬢にしては多少キツめな女性ではあるけれど、花の話をしているときは誰よりも可憐に笑った。

「いつだったか…無くしたって騒いでたろ。何年か前に」
「ああ、あんときはなー。なにせ、母上から貰った本だったからな。ほんと、泣くほど大事なのになんで無くすんだろうな」

そう言うアーネストの瞳はあの威圧感などなく、ドジな可愛い妹を思う瞳だった。

「前に来たときは何か見覚えがあるだけだと思っただけ、だったけどな。こんなところにあるとは思わないだろ」
「まあ、ここにあんなら大方誰かが間違えて仕舞ったんだろ。まったく、ちゃんと確認しろよな」

そう言いながらもアーネストは一緒に本を探してくれている。
同じ本なら、どこにも売っているだろう。でもそれじゃ意味がない。ヴァネッサは、"母上から貰った本"が好きだったから。

「……このところ、ヴァネッサの元気がない」
「…元気になれってのも、無理な話だけどな。フレッドが……首狩りが起きてたら数ヶ月も経ってないからな」

忌まわしい、あの事件。

…………………。

首を振って思考を中断する。今、俺まで沈んでいたら話にならない。

「それなのにお前学校行くとかいうからな。もー兄ちゃんは心配だよ」
「プレゼントにあげようと思うんだ」

アーネストの言葉を無視して話す。

「勿論、別にちゃんとしたのは用意して、…もしかしたら今、これが一番喜ぶかもしれない。」

気高い姉に沈んだ顔は似合わない。
元気になれとも、笑顔になれとも、安心しろなんて無責任なことも言えないけれど。
無くして、泣いてまで悲しんだ一つの本。一瞬だけでも不安を取り除いてあげられるかもしれない、たったそんな理由だけれど。
どうやら、アーネストの家族思いが移ったらしい。

「でもさすがにずっと書庫には…ん、」
「どうした、見つかったか?」

茶色を貴重とした本に並ぶ、なんの変てつもない目立たない本。
いつもヴァネッサが開いて眺めていたただ一つの本。
背表紙は掠れて読めなくなってしまっているが、それがあえてヴァネッサの本なのだと静かに主張しているようだった。

やっと見つかった。

しかし、手を伸ばしてもあと僅か届かない。
指先が触れる程度で取り出すには到底及ばない。
暫く奮闘しているとひょいと大きな手が本をかっさらっていった。

「あっ」
「これくらい頼ってくれよ、エリオット」

振り向くと片手に持っていた本を俺を渡してアーネストはウィンクをした。
別に意地を張ったわけじゃ、なかった…かもしれない。

「…ありがとう」
「どういたしまして。さ、エリー行くぞ。俺まだコート着たままだ」
「え、ちょっと待て、まだ確認…」
「エリー、表紙見てみな」

アーネストの言われるがままに視線を落とすと、およそキレイとは言えない子供の字が目に映る。

『ヴァネッサ=ナイトレイ』


「へっくしっ!あー、もうここ出ようぜエリー。ヴァネッサに渡すんだろ?」
「…誕生日にな」
「じゃあそれまでに埃落として包装してびっくりさせてやろう」
「そうだな」

先に歩いていくアーネストに置いていかれないように少し早足で走る。
書庫を出て隣に並ぶと、手袋を脱いだであろう手で頭を撫でられた。

「埃ついてるぞ」
「アーネスト、顔に汚れついてる」
「えっ!あれー顔触った、か…?俺」

手袋の付いたほうの手で触ったせいでまた新たな汚れを増やしている兄に苦笑する。
手に持った、子供が愛用するには少し厚い本。姉の誕生日が待ち遠しくなった。

安心してくれなんて言わないけれど。
せめてこの本を読んでいる間だけはまた昔のように笑って欲しい。

「なあ、汚れ落ちた?」
「もう洗った方が早いんじゃないかアーネスト」

振り返ってにぃ、と笑った兄に、俺は誓ったんだ。

守りたい。
ナイトレイを、
アーネストを、
ヴァネッサを、
クロードを、
母上、父親、
そしてギルバード、ヴィンセント。
…リーオを。

俺が、"首狩り"を断罪する―――。





握りしめた本に、まずはヴァネッサが笑ってくれたら、と願った。



(110611)
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