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-死にたがりの-



しばらく見かけていない顔がふとよぎった。ポケットに入れっぱなしの、使わなかったネクタイ。
ポケットに手を入れたことで触れた布の感触に、今まで忘れていた感情が吹き出しそうになって、それを隠すように咳払いをした。

それでも熱くなる手のひらにネクタイをちぎって破いて消し去ってしまいたかった。
意外と頑丈なネクタイに、俺の力では出来ないことはわかっていた。
歯ぎしりをしそうになって、それがまた俺をイラつかせる。

傍にいると勘違いをしてしまいそうだった。温もりも、気配もしないのに。

感情の切り替えに失敗していたのか、同じ任務にいた一般兵士がと部下が氷ついていた。
それを一瞥して、向こうから相棒が歩いてくる姿が見えた。

「レノ、殺気だちすぎだ。兵士たちが緊張している」
「仕事中だろ。緊張してるぐらいが丁度いいんだぞ、と。これから討伐だろ」
「何かあったか」

断定している言い回しに睨み付けたが、流石は長年の俺の相棒、何も動じずサングラスの中は常に静かな色だった。
観念して空気を和らげる。兵士たちのほっとした声が微かに漏れた。

「ルード、いつまでここにいなくちゃいけないんだぞ、と」

とんとん、と自分の武器で肩を叩きながら隣に立ったルードに問いかける。
答えは知っているが言わずにはいられなかった。
そして同じく答えを知っているルードは律儀に言葉を返す。

「撤収命令が来るまでだ」
「そんなの、わかってるぞ、と」

完全に気が抜けてオフモードになった。そんな俺にため息をつくオンモードの相棒。見えないが、目線、もとい顔が俺の手にあるネクタイに移動した。

「それはツォンさんのだろう。着けたのか?」
「…わかってるだろ。」
「だが、借り物を握りしめるのはやめろ」
ポケットに入れっぱなしの、一度も使われなかった黒いネクタイ。
使わなかったのはツォンさんのだからだ。なのにあの人は、移動ヘリに乗る前に俺に渡した。俺が使わないのを知って。でもあの人が思う理由とはきっと違う。

「俺が使ったら、帰り血だらけになるだろ。他の人間の血がついたら、もうツォンさんのじゃなくなる」
「お前がシワをつけるのはいいのか」
「それはいいんだぞ、と。俺がつけたんだからな。ホントは、俺の血で洗ってツォンさんに返したい」
「………レノ」
「…冗談だぞ、と。冗談だって。俺そんなに病んでない」

あながち冗談ではなかったりする。が、実行には絶対移さないし、そう思った俺やべぇくらいは思ったから大丈夫だおはげちゃん。だからそんな虚空を見るみたいな顔するな。
サングラスで表情はわからないけど。

「…これが終われば報告時に会える。」
「報告の前に会いたいぞ、と。俺たちが帰ったら迎えに来るといいんだぞ、と」

こんなただの布地じゃなくて。
手のひらにあるそれを見つめていたらまた破りたくなってきた。
こんなの渡されなかったら、こんなときに思い出さなかったら、俺はまだ戦えたのに。

これから始まるであろう戦闘に俺は非情にはなれるだろうか、自分自身に。
仕事中は、なるべくツォンさんのことを頭から追い出す。残るのは尊敬する上司、ツォン、なだけでいい。

そうでなければ、死にたくなくなるから。死ぬのが怖くなる、それが反応を鈍らせる。帰りたいと思ってはダメだった。判断が遅れる。

そんな俺の考え方にルードは何か言いたげだったが結局は何も言わなかった。
他の人なんて知らないが、俺はそうでなくてはいけなかった。死にたがりで丁度良かった。少なくとも仕事中は。

ツォンさんに言ったら怒られたけれども。

耳につけたイヤホンから指示が入る。
電波の悪い場所でも雑音のない声。
確認をしながらの命令に、はい、と声を返し仕事モードに切り替える。
遠くにいるツォンさんの息まで聞こえる。流石神羅製。今回の総指揮官は誰でもないツォンさんだった。

『推定3分後にアバランチが2番地を通る。悟られるなよ』
「りょーかい」

通信が途絶えてルードと目配せをする。今の命令はタークスたちにも伝わっているもので、その場にいるみんな息を殺して気配を消す。

「なあ、ルード」
「なんだ」
「帰ったら、ツォンさんに、ハグハグ。ギュ〜って言ってみるんだぞ、と」
「……どこのゲームの台詞だ」

さっきも静かだったが、さらに静寂が住み着いた音が存在しない空間に声を押さえず空気を凍りつかせたところでアバランチの気配が近づく。
ルードの若干ずれた答えは置いておくとして、全てを頭から消す。
握っていたネクタイをポケットに戻し、マテリアの光を確認する。
詠唱が終わると同時に角からアバランチが姿を現した。

地獄の業火が俺の心も燃やしてくれたら良かったのに。

爆発が壊したのは敵だけだった。
俺はまた死にたがりになる。

あの場所に帰るために。




(110611)
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テーマ「人外ファンタジー」
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