-幼なじみ?いいや、腐れ縁だ-
ガーデンのホームで文字の羅列を流すモニターを眺めていると、視線の端で一定の速度で動く指がちらつく。
とんとん、と人差し指がモニターを触らないように端で叩いている様子は小さな貧乏揺すりともいえた。その行為は自身が無意識にしろ意識的にしろ、苛立ちが目にも分かりやすく人に気付かれ難い形で表されていた。
一番後ろの席であるスコールの、通路を挟んで反対側に座るサイファーの顔は至って無表情でつまらなそうではあったが、それは表面だけで内心は意外と荒れているのかもしれなかった。
というのが唯一サイファーに気付かれず彼を見ることのできる位置にいたスコールが予想した内容だった。
サイファーの動く指がちらつくことに何故だが注意が散漫してしまうのは、同じ反復運動をしているものがスコールの捉えられる視線の中でそれが唯一といえたからだ。
だから気になった。ただそれだけだった。
サイファーが苛立っている事自体スコールには関係が無かったし、むしろ関係があることもありたいと思わず、ともかくまったくもって無関係なのだが、どうしてもそれが気になった。
ふてぶてしい表情をしている、と自分のことを棚に上げてサイファーを見てそう思ったスコールははたしてそれを言ってもいいものかと考えた。
考えて、放棄した。
そこまで自分が気を使う必要はないと思ってのことだったし、それは間違ってはいないとスコールはそう結論付けた。今の今までサイファーにただの少しでも言葉を選んだことはこの長い年月の中で初めてで、それが最後のように思えた。
ある意味では言葉を選ばす相手に率直に投げつけられる関係でもあると言えた。例えそれに刺があるとしても。
スコール自身、無口無愛想無表情で通っているが故、そこまで自分に干渉する人物は少なく、その少ない中にサイファーがいたことは感謝はせずとも悪い気はしなかった。
「おい、サイファー」
「あ?…なんだよ」
「指が動いている」
「…それがなんだ」
「何故苛立っている」
「………………」
「(返事はなし、か)」
眉をひそめてしまったサイファーから答えはなかった。
それもそうだ。苛立っている人間に何故と問うても正確な内情は口には出さない。たとえ出したとしても、苛立っているがために感情の起伏が激しいはずで、どちらにしろマイナスにしかならないだろう。
むしろ相手を煽る羽目になったかもしれず、そしてそれが今の状態かもしれなかった。
正直なところ、スコールは相手を更に激情させたいと行動していたわけでは決して無く、ただその小さな反復運動をやめてほしかっただけのことだった。
話しかけたことでそれは止まったが、相手を更に怒らしたといえる行動と言葉は意図的にではないのなら、あまりSeedには相応しくないな、とスコールはサイファーとの間に産まれた少しの沈黙に考えては勝手に予想をしていた。
当のサイファーはそんなスコールを見て口の端を上げて笑った。
Seedとはなんたるかを考えていたスコールはそのにやついたとも取れる口元を訝しげに一瞥し、サイファーの緑の瞳に視線を移した。
「苛ついていたわけじゃねぇ」
「…そうか。(じゃあ一体なんなんだ)」
「ただな、時間が経つのは早いときもあればくそ遅ぇときもあるってだけだ。そして今はくそ遅ぇときだ」
「時間は…」
「一定だ、とか言うなよ。そんなのわかってる。テメェだって理解出来るだろ。今はテメェがどう感じてるか知らんが、とにかく俺は…」
「つまりは、今退屈なのか」
「それもある、が、」
不意にそのあとの台詞が予想出来、予想が出来るほどには何度も聞かされたし、聞かされる間柄だったというわけだ。
尤も、サイファーはそのことになれば饒舌になり、不幸か幸いか席が一番近いのはスコールだったというだけのことだが。
仲がよろしいとはお世辞にも言えないが付き合いだけは長かった。
「…また見にいくのか、あの映画」
「ああ。いやぁ、あれは何回見ても…」
終わらない長い話を自分から振ってしまってスコールはため息を付きたくなった。
小さな貧乏揺すりが止まったと思ったらまた違う、もっと厄介なものが始まった。
ホームの厳粛、とは言わないものの静寂に染まった雰囲気をぶち壊すようなサイファーの饒舌と陽気な声。
一番後ろだからといって教官に届かないわけではないが、時間も終盤、相手はサイファー(もしかしたら自分も入っているのか?)なので沈黙を決め込んでいるようだった。
「魔女の騎士は…」
延々続く、魔女と魔女の騎士の話。
魔女を倒すために作り出されたSeedにとって魔女の騎士になるというのか些か、というより全くの正反対の夢だ。自分たちはまだ、Seedではないけれど。
それはともかく、スコールは見てもいない映画の内容をこのサイファーという男のせいで隅から隅まで、マニアしか気付かぬ見所までをも知っていた。
その映画をただただ観賞しただけの人間よりは不本意ながらも語れる自信があるし(語るつもりもないが)知識としてもう脳内に居座っている始末だ。
しかしスコールは見たことがない。
内容を知っている映画を観賞することを意味を感じないのもあったし、そんな趣味もないことが理由だった。
途切れない声に、自分相手でもこうなのだからサイファーの取り巻きとも言える風神雷神の二人はどう対処しているのかとスコールの思考が脱線したころ、不意に声が止んだ。
「お前も行くか?」
「あんたと二人でか?」
「…………男二人は流石にねぇよな」
「もっともだ。遠慮する」
「でもお前見たことないだろ」
「見てなくても内容を全て喋ってくれるやつがいたからな」
「…よし、やっぱりテメェも連れていく」「(なんで勝手に決めるんだ)いや、」
「どうせ暇だろ」
その言葉に咄嗟に言い返せなかったことでサイファーにとってそれは決定事項になったらしい。
男二人で映画か?勘弁してほしい。
やはり一番最初の言葉を考えるべきだったとスコールは人知れず少しばかり後悔した。
「じゃあ、十七時、ゲート前な」
勝手に約束を取り付けられたが、不思議とそこまで嫌悪感がないのは、スコールが知らないところで多少はその映画に感心があったのかもしれないと考えれば、まさにその通りだった。
クラス中が知っている約束に後にキスティスにやんわりとからかわれたのは忘れることにした。
(110611)