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-始まりの物語-



「…っ、ごめん」

感情のわからない声で、淡々と彼は吐いた。
でもそれは、彼が珍しく後悔をしている証拠で。
眼鏡のレンズが逆光し、長く黒い前髪のせいで表情さえ見えないが、彼はとても焦り、悔いていることだろう。
それくらいはわかる。
それほどわかるくらいずっと傍にいたのだ。
頬に触れていた手が離れていく。
その体温が惜しいと思うくらいには、自分も彼と気持ちは同じなのだろうか。

とすん、とどこからか本が落ちる音がする。
ここはどこだっただろうか。
古い本独特の匂いが鼻をつく。

あぁ、ここは、図書室だ。
誰も、自分と彼…リーオしかいない図書室。

人気のない広い空間で、二人だけしかいないのはなんだか妙な感じだ。
図書室特有の静けさではなく、本当に人のいない静寂。
だからなのかもしれない。
世界中に二人しかいないような、心地良い空気のせいで。

「ごめん」

もう一度謝罪を口にすると、リーオは俺から離れた。

「ごめん、エリオット。でも…僕は、エリオットが…」

言葉を最後まで告げず、リーオ微笑んでは扉の向こうへと消えた。
その扉を見つめながら手を動かしてみると、がちがちになっていた。
つまりは、体が緊張し硬直していたらしい。
手に持っていた本は床に落ちており、先程の音はこれだったのか、と一人納得した。
本を拾い、本棚に戻す。
今日はもう、本を読む気にはなれない。
唇に、まだ感触が残っている。
軽く触れただけのはずなのに、その暖かささえ、覚えていた。

「…アホか」

いつだったか、"エリオットは聡いのにバカだよね"と彼が言ったことがあったが、それを今、そっくりそのまま返したいくらいだ俺が本当に嫌なのなら、拒絶したかったのなら、怒鳴るなり突き飛ばすなりしただろう。
それをしなかったのは。
嫌ではなかった。
ただ、驚いただけで。

それさえも気付かなかったのは。
いつも冷静な彼も見た目以上に焦ったのだろう。

そう、別に、嫌ではなかった。

というより、むしろ…

「…っ、いや、何考えてんだ俺は…」

耳まで赤くなっているのが自分でわかった。

「くそ…っ」

さっきのキスが、堪らなく嬉しかったのは。
好き、だと、いうことで。
そのままずるずると床にへたりんだ。

「どうしろってんだ…」

あぁ、こんなにも、好きだったなんて。




(何しに図書室に
来たのかもわかんねぇ、よ
バカヤロウ)




(110611)
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