白かったバーテン服にじわりと染みをゆるやかにしかし確実に侵食していく赤を見つめながら平和島静雄は今自分に何が起こったのかすぐには理解できなかった。
弟から貰ったバーテン服を汚したのは静雄自身の血でありその原因は銀色に鋭く光ナイフだった。
そのナイフは静雄の異常なまでに硬く強靭な筋肉を貫いてもなお弾かれることも砕かれることもなく今だ血を滲ませる凶器という役割をただ静かに果たしていた。
静雄自身、実はナイフが貫くのは初めてだった。そんなものを使った喧嘩をするようになったときにはもう既に静雄の体はナイフという陳腐なものに傷付けられることさえなく日本刀でも切り傷が精一杯だろう。
そんな体に刺さっていた。ナイフが。
「…あ、れ」
そのナイフの持ち主であり今現在静雄の体にナイフを突き付けた張本人が信じられない、というように目を見開く。
赤い目を先程臨也自身が刺した箇所に向けて折原臨也は動けずにいた。
臨也も突き刺そうとは思っていなかった。否、こんなナイフ如きでは目の前の静雄には何のダメージとならないことを誰よりも理解していた臨也はまさかナイフが刺さるとは微塵も思っていなかったに違いない。
情報屋でもある臨也が情報を求めるようにどうして、と無意識に声を発していた。
そんな臨也の珍しく困惑した声を聞いて静雄ははじめて「ああ、俺こいつに刺されたんだ」と今更ながらに感じた。
臨也が力が抜けたように後ろに下がると同時にもうさほど力を入れず掴んでいたナイフがずるり、と赤黒いどろどろとした大量の血とともになんとも簡単に抜けた。
不思議と痛みは感じなかった。いや、突然のことに脳がついていけなくて麻痺しているのかもしれなかった。
「…シズ、ちゃん」
とめどなく流れる血が服を、手を、地面を汚す。静雄の傷口を見つめる臨也になんでおまえ、泣きそうなんだと言おうと思ったが喉から声が出ない。かわりにでたのはひゅう、とした渇いた息だけだった。
カランと音を立てて臨也の手から銀色のナイフが落ちた。
「………っ!!」
体が跳ねたように勢いよく起き上がる。
「…な、…は?」
自分を包む布団の感触がする。
見慣れた壁と見慣れ天井と見慣れた窓。
混乱する頭が時間とともに冷静になり静雄は先程のアレはただの夢だと気づき、はあ、と息を吐くと自分の汗で体温が下がったのかぶるりと体が震えた。
ただの夢に自分はこんなに動揺するとは思わなかった。考えてみれば臨也の力で静雄の体にナイフが刺さるはずもなかった。
なぜこんな夢を、しかも臨也なんかに刺される、夢を。
そんなことを考えるのは無駄だ。静雄は思考を振り払うように頭を降った。
所詮夢。
「…臨也」
呟いた声が静かに響く。
あいたくなったなんて、俺はまだ夢を見ているのかもしれない。
縛られる思考
(それは夢でさえも)
(110610)