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※前サイトの



手に持っている小さな花束が、カサ、と音を立てる。
人工の電灯もないような暗闇の道を歩く。あの日のように二人ではなく、一人で。

雲に隠れていた月が、徐々に姿を現す。
それまで暗闇に包まれていた道が月の光によって淡く照らされた。
まだ、風が凍てつくように冷たい。

一年前のあの日も、凍えるように寒かった。
降りしきる雨が、身体を、心を冷たく濡らして。
ただ、ただ、見ることしかできなくて。
声を出すことさえできなくて。

月を見つめて、ため息をつく。
息が、白い。

春になれば桜並木にやるであろうこの場所も、冬の今では残った雪のせいで銀世界だ。
それでも何故か、桜の花片がちらほら見えるのはきっと、並木道から外れた一回り小さな桜が狂い咲きしているからだろう。
狂ったように
壊れるように
乱れるように
咲き乱れているからだろう。

初めて会ったこの場所で
皮肉にもこの桜の木の下で
一年前のこの日にこの時間に


貴方は死んだ。

僕の目の前で。




雪を赤く、朱く、紅く染めて。

その あか を 鮮やかな あか さえも 愛しいと思った僕はあの時に壊れたのだろうか。
血の色をしている、この異色の桜のように。

風が吹き、花片が舞い散る。
花の木に花束だなんて、変だけれど。
だから目立たないように一輪だけ。
立ち止まりそっと置くと、桜を見上げる。 不意に、声がした。

「あんた、人間?」
「、…っ!?」

いつの間にか目の前にいて。
あの人と似た声で、でもどこか違くて
あの人と似た顔で、でもどこか似てなくて
「…?なぁ、聞いてる?」

首を傾げて不安そうに間う彼は、桜と同じ、血の色をした髪と瞳だった。

「…けんれ、ん?」
「え?」
「……、いえ。…僕は、一応人間として生きているつもりですが。」
「ふぅん。」

長い髪を風に揺らしながら、真っ直ぐ見詰めてくる。
白いワイシャツに身を包み、黒いズボンを履いているが、何故か足は裸足だ。

彼は目を僕から逸らし、キョロキョロと周りを見渡した。
まるで、初めて遊園地に訪れた子供のように。
興味津々な、それでいて不安な瞳をして。 僕はそこから動けなかった。

「…、へっくしっ!」

彼は身体震わして、肩を抱くように腕を組んだ。
寒そうだ。そんな格好をしていたら当たり前だが。
僕は、着ていた コートを手に取り目の前の人物に差し出した。

「へ?」
「これ、使ってください。それじゃあ寒いでしょう。」
「え、あ、ありがと。」

コートを受け取ると、どうしたらいいのかわからないのか広げたりしている。

「な、これ何?」
「…はい?」

冗談かなんかと思ったら本気で言っているようだ。
もともと何かおかしいのだ。
冬真っ只中にそんな格好で、靴も履いていなくて。
何よりも、あの人が死んだこの場所で、こんなにも似ている。
この人は、何者なのだろうか。

「………。」
「…?」
「あぁ、これはコートと言って…いいです。貸してください。」
「あ、あぁ。」
「両手を広げて後ろを向いて下さい。」
「こうか?」

初めて会った人に、僕がこんなにも親切に出来るのは、やはりあの人に似ているからか。
それとも、彼が子供のように無垢だからか。

「あ、あったけぇ〜」
「それは良かったです。」

疑う事をしらない純粋な笑顔を浮かべて。
「…貴方は、ここで何を?」

腕時計をちらりと見ながら聞く。
何故裸足なのかはあえて聞かず。

「この桜護ってんの。つっても、今日生まれたんだけど。」

桜を護る。意味は理解出来る。
問題は後半の言葉。

「今日、生まれた?」

彼はそうだ、と首を上下に振る。

「いつの間にかここにいて…この桜からあんまり離れなれないから何だろうな、って思ってたら他の木が教えてくれた。」
「教えてくれた?木が?」
「おう。この桜はしゃべれねぇみたいだから。」

植物の話がわかるとでも言いたいのか。
世界には犬や猫と会話出来る人もいるらしい。
それなら植物と話が出来るのもあるのかもしれない。
最も、僕はそんなの信じていてはなかったが。

…もし、本当だとして。
この赤髪の彼が今日生まれて、こんなにもあの人に似ているのは。
偶然だと思うことは出来ない。
本当だとしたら、の話だが。
遠回しに聞いたとして、はたしてそれに意味があるか。
こういうのは、単刀直入に聞く方がいいのかもしれない。

「貴方は何者ですか?」

僕の声を聞いた彼が一瞬動きを止め、考えるそぶりを見せた。
考えるというより、冬の今でも根気強く道に咲いている花に伺っているようだ。

「多分、人間でいうとこの精霊?うん、桜の精霊。」

精霊。予想通りのような、予想外のような答え。

月が、明るく照らす。
キラキラと光る彼の髪は、艶やかに、優雅に揺れ、しばし見とれてしまう。

「名前は…」
「へ?」

ふと思った。彼の名前はなんだろう。彼を示す言葉は、なんだろうと。
ということは、僕自身、彼に興味を持ったと同義語だ。

「名前…うーん、名前?」

彼は首を傾げ、うんうんと唸り

「俺、名前ないかも」

と、少し悲しげに言った。
そういえば今日生まれたと言っていた。
それが本当なら、無いのも仕方がない。
ならば。

「…僕が名前を付けていいですか?」
「…ホント?」

ならば、僕が彼を表す記号を付けよう。
僕が はい、と言うと、彼は嬉しそうににっこり微笑んだ。思わず見とれてしまうほど優美で儚い笑みだった。
その笑みを見て何故かある名前が浮かんできた。

"悟浄"

何故だかわからない。自分自身、いきなり出てきた名前と、その名前に対する懐かしさや嬉しさなどという感情が込み上げて来て表面にさえ出さなかったが、動揺を隠せなかった。
そして悟った。この男の名前は"悟浄"などだと。
捲簾でも、精霊という名ではない、悟浄なのだと。

「悟浄」

小さく呟いたつもりだが、いつの間にか近くに来ていたのか、彼に声は届いていた。
「ごじょう?それ、俺の名前?」

自分の名かと聞いてきたくせに、こちらの答もなく、彼は自身の名前を"悟浄"に決めたようだ。
ごじょう、と名前を何回か連呼し、突然思い付いたようにこちらを振り向いた。

「じゃあ、あんたの名前は?」
「…天蓬。天蓬です」
「へぇ、てんぽー…てんぽーか」

自分の名前を平仮名で読んでる感が否めないが、そんなことを彼、いや悟浄に言ったってしょうがないだろう。

「俺さ、」
「え?」

不意に、悟浄が真顔になった。
と思ったら今度は無邪気な笑顔になる。
悟浄がいつの間にか近くに来ていて。相手に息がかかりそうなくらい近くに。
そして、彼が自分より背が高いことに気付いた。

悟浄が、耳元で囁く。

ザァ、と風が桜を揺らす音がする。










カーテンの隙間から、朝の陽射しがはいってくる。
この陽射しで目覚めたくなかったから、キチンと閉めたのだが、窓を開けていたせいでカーテンがズレたらしい。

寝起きでぼんやりしている頭は、そう解釈した。
今日は休みなのだ。何故そんな日にこんな朝早く起きなければならないのか。
という考えのもと、欲望のままに二度寝を決め込む。
頬に、何かが落ちる。
違和感を感じて起き上がれば、窓から花片が数枚部屋に風によって運ばれてきた。
まだ、そんな時期ではないというのに。
それに、近くには樹なんてない。
でも、紛れも無く手の平に乗っているのは紅い桜の花片。

「……?」

先程夢で見たような色。
変にリアルな夢の中に出てきた彼の髪の毛と同じ色。
そういえば、昨日はどうやって帰ってきたのだろう。
記憶が曖昧だ。
冷たい床に足を降ろし、テーブルにおいてある小さなカレンダーを見ると、昨日はあの日だった。

花を買った気がする。
あの場所に行った気がする。

「……っ!!」

気が付いたら飛び出していた。
ワイシャツにズボンという格好だったので、注目を集めることはなかった。
結構早い時間なのか、雑音が聞こえず、変に静かだった。
そんなことは気にせず、走る。
こんなに走ったのは何年振りか。
タバコを愛用しているせいで、体力が落ちたようだ。それでも、あの場所まではスピードが落ちなかった。

「ハァ、は、…」

目の前の桜は、咲いてなんかいなかった。 桜の下には、花束が一つ。
僕が置いたものだった。
近づき、樹に触れ、目を閉じる。
あれはやはり夢だったのか。

「そんなとこで何やってんだ?てんぽー」
「!?」

驚いて振り向くと、そこには、長く紅い髪、緋色の瞳を持った…

「…悟浄」

悟浄がいた。
そして気がつくと、手を触れていた樹が、桜を舞い散らせていた。
僕が絶句していると、悟浄はふわりと笑って言った。

「な?俺はいつでも
いつでもここにいるから。」


頬に流れる雫は、とても温かかった。






おまけ



(110610)
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