カーテンを開けたら太陽の光が眩しいようでもぞもぞと毛布で顔を隠してしまった。ので、仕方なくカーテンを開けたその手でまた閉めることにした。
朝日が昇り、閉めていても暗いということはなく、柔らかい光が部屋を包む。
自分が動かなくなったことでまた静かになった。外では人々が起き始めているがこことは違う時間軸のようだ、と部屋を見渡して思う。
ベッドの上で山をつくる主はたしかにそこにいるのに寝息一つ聞こえない。
昔から静かに寝る子ではあったが、これではまるで死んでいるようだ。
もっとも、目の前にまで近づけば微かに上下しているのはわかるし、何より先程もぞもぞと動いていた。
何をするでもなくただ寝顔を見つめる。正直、顔を見ただけでは従弟だとは気づかなかっただろう。それにはあまりにも時間が経ちすぎた。最後に合ったのは彼が六歳で、それから二十年間もの間姿を見ていないのだから。
服装と、銃がなければ―それだって僕が覚えていなければ気づくのは時間がかかったにちがいない。
たが、こうして無防備に眠っている従弟、アルフレドを見ていればなるほどちゃんと面影は残っているようだ。
小さく丸るような自分を守るような寝相もまったく変わっておらず、それこそ昔のように頭を撫でてみる。体は随分とでかくなっているが。
もう二十六歳か、としみじみ思うのはまた自分も歳をとったからか。
たしか気が弱くて泣き虫で、でも優しい子だったと記憶しているアルフレドがあっちの世界でどんな生活をしていたのかはわからない。
ただ本名を名乗っていないところから見るとまったく清らかな生活ではないのは予想がつく。でもアルヴィンもアルフレドもあんまり違いはないんじゃないかな、なんて考える。
アルフレドという名前は仲間たちも知っているらしいし、アルヴィンはあっちの世界での名前ということかもしれない。
わりと長い前髪はいつものように上げているわけではなく、かきあげてもぱさりとまた顔にかかる。
意外と頬に影を落とすほどある睫毛に髪の毛がかかっても身動ぎ一つしない。睫毛を触れられると、大概の人間は起きるはずだが。
起きる気配のまったくない寝顔を眉間に指をたててぐりぐりと押した。
「…ん…、ん………」
「あ、起きた?」
「え…、……なっ!バ、バラン!?」
「おはよう、アルフレド」
ゆっくりと朧気に開いた瞳が一瞬にして見開かれ勢いよくがばっと起き上がった。
寝起きでよくもまあそんな動ける。アルフレドはこの部屋を見渡して頭をがしがしと乱暴にかいた。
何故だか知らないがどうやら落ち込んでいるらしい。ため息のあとじっと見つめてきた。
「…なあ、バラン」
「なにかな?」
「いつからここにいた?」
「さあ、どのくらいかはわからないけど探し物もしたし30分くらいじゃないかな」
「…………30分…」
正確にはアルフレドを眺めていた時間も含まれているがわざわざ言うことではないだろう。
尚も見つめてくるアルフレドを気にせずベッドに座る。すると、ぼそっと小さな声で「気づかなかった」と呟いたのが聞こえた。
「熟睡していたからね」
「いや、そういうんじゃなくてさ。俺、あっちで傭兵…とかやってたから。…人の気配には敏感なはずなんだがな…」
「へえ、じゃあ、不覚なわけだ」
「まあな。…ったく、ほんと不覚だよ。死活問題だ。あいつらと部屋一緒のときもこんなことなかったんだけど」
それはそれは。良いことを聞いた。
ぽんぽんと、子供にやるそれと同じように頭を優しく撫でる。いきなりの行動に呆気に取られたのかアルフレドは呆けた顔をしていた。まったくいつまでたっても可愛い従兄弟だ。
「そっか、俺の気配では起きないんだね。隠してなかったから。つまりそれは俺だと安心してるってことでいいのかな」
「…………は、」
「今みたいに撫でても起きなかったんだよ?」
「……触られても、…まじかよ…」
「寝れなかったらいつでも俺のとこおいで」
「…勘弁してくれ」
口ではそう言っても、きっと嫌じゃない。むしろ嬉しいだろう。寂しがりやなところは、変わっていないらしい。
「ところで、なんでバランここにいるんだ?」
「元々俺の部屋だしね。ちょっと本を取りにきたのさ。あとついでに可愛い従兄弟の寝顔を見に」
「悪趣味だな」
「そうかな?」
血の繋がりを感じさせる垂れ気味の目が呆れたように笑う。でもねアルフレド、ちょっと嘘付いた。
本を取りにきたほうが、口実だよ。
なんてね。
(120610)