Main

Start++


※2011年、610の日に書いたもの



雪を踏む感触にいい加減飽きた、と言わんばかりにロイドはため息をつく。
その息さえも冷えていき白い蒸気が登った。寒さ対策のマントを翻す凍てつく風によって耳も髪の毛さえも凍ってしまいそうだった。
リーガルを初めとする大人たちはもとより、先程雪景色に騒いでいたロイド筆頭の少年少女たちも、流石に静かになっている。
フラノールの街中とはいえ、一向に衰える気配のない雪にとりあえず買い物もそこそこに宿屋へと向かう。

「……ロイド、前髪凍ってない?」
「いや、まだ凍ってない。なんか鼻水まで凍りそうだよー」
「寒いのもそうだけど、雪って滑りやす…うわわっ」

ぴょこんと跳ねる自身の前髪を弄りながらロイドはジーニアスと軽口を叩いていたが、一歩ほど少し前にいた銀髪が悲鳴と共に視界から消えた。

雪に滑って尻餅をついたジーニアスに慌てて駆け寄ってくるリフィルを見ながら、前にもこんなことがあったなとロイドは砂漠の花、トリエットでのことを思い出した。
あのときはシルヴァラントで、今はテセアラだけれど。

「ジーニアス、だいじょぶ?」
「お前、コレットのが移ったんじゃないか?」
「あいたたた…お尻が濡れちゃった」
「ほらご覧なさい、よそ見しながら歩くからよ」
「あちこち雪だもんねぇ…わひゃっ!」

今度は予想通りというか、ドジっ娘の本領発揮といったところか、コレットが地面の冷たい雪にダイブした。
見事と言わざるおえない、真正面からのこけ方にリーガルやしいなも苦笑している。
そして、コレットはいつものように誰の手も借りずに起き上がる。鼻を真っ赤にして照れくさそうに笑う姿に心が和む。

プレセアがコレットの形にへこんだ雪を何故だか興味深そうに見ていることに気付き、そしてもう一つのことに気付いた。

いつも騒がしい、彼の声がない。

「…あれ、ゼロスどこいったんだ?」

辺りを見回しても、どこにもゼロスの姿は見当たらない。たしか、フラノールには一緒に入ったはずだ。
先頭を歩くことが多いロイドと、一番後ろと言っていいほど後方にいるゼロスとではたしかに距離はあるのだが、彼の声はいつもロイドまで届いていた。
お喋りな彼の声が聞こえないのは他のメンバー同様寒さに口を閉ざしているからだと思っていた。

まさかいないとは。

街中であることとゼロスも大人であることを考えれば慌てるようなことでもないのだが、街に入ったらまず宿屋。そのあとに自由行動にすると決めていたので、宿屋まではいつも皆一緒だった。
宿屋、時折ホテルは一つしかないわけではないので、集合場所でもあるこれを決めるのが先だった。

それ以前に、何故か、今この場所で彼を一人にしてはならないと、ロイドの何かが語りかけていた。

「しょーがないねぇ、あいつはまたフラフラと」
「…しいな、俺ゼロス探してくる」
「あ、おい、ロイド!」

ふいによぎった、不明の焦燥をロイドは首をふって外に追い出した。
先程の宿屋云々のことも忘れ、一番近くにいたしいなにゼロスを連れてくると告げて、彼女の返事も聞かないままにまた雪を踏みはじめた。
きっと彼女は仕方ないとロイドの願いを聞き入れてくれる。何故かはロイドは気づかないまま、視線を左右に走らせて歩く。
あの派手な赤が見つからない。

いつからいなかったのだろうか。
多分、ロイドが気付いたのが最初であるのなら、もっと周りに気を配らないといけなかった。ロイドも、皆も。
彼の声が聞こえない時点で不審に思うべきだったのかもしれない。

ふと見せる、一瞬の、色のない表情。
彼の、ゼロスのそんな顔を何気ない日常で見つけた。ただの一度だけの表情。
いつ見たのかも忘れたその表情はロイドの頭から消えることはなかった。
物事の芸術さなどに鈍感なロイドでさえ感じる、澄んだ空のような美しく薄い蒼瞳の奥が暗い闇に見えたあの一瞬。
ロイド自身も気付かない程それはロイドの心に住み着いた。

それからだ、ゼロスが気になるようになったのは。

「うわっ」

突然吹いた突風に思わずロイドは顔をしかめた。
気にかけていたのだ、ロイドは無意識にも。
それなのにはぐれたことすら、気付かなかったことに歯がゆさを感じた。

心にもやもやとしたなんとも説明のつかない思いを抱えながら暫く歩いていると、どうやら大通りから外れてしまったらしい。ロイドの耳には騒がしい人の声が遠くに聞こえる。
それでもさくさくと雪を踏んで、住宅の角を曲がった。

「………ゼロ、…ス」

人がちらほらいるだけの場所で、ゼロスはただ一人静かに立っていた。

雪景色だといつもより存在感を表す真っ赤か髪を風に任せ、ゼロスはぼんやりと何かを見ていた。

急に体温が上昇したような気がして、それを振り払おうと無理やりに視線を辿ると、少し離れたところに子供が二人雪で遊んでいるだけで他にはなにもない。
もしかしたらその子供たちを見ているわけでも、見ていないわけでもないかもしれない。
それとも、何も映してないのかもしれない。

「……ロイド?」
「…っ、」

不意に、何の前触れもなくゼロスが振り向いた。赤い髪についていた白い雪がふわ、と落ちていく。
いつの間にかロイドがいたことに吃驚したらしいゼロスは数回瞬きをして首を傾げた。

「あれー、ロイドくんどしたの」
「…お前、が…急にいなくなるからだろ」
「じゃあ探しにきてくれたのか〜?さっすがハニー、俺さま愛されてんなぁ」

いつもの下品な笑いではなく、くつくつと小さくゼロスは喉を鳴らす。
薄い蒼色の瞳が何故か嬉しそうに細められた。
尚もなにかゼロスが喋っているものの、ロイドの意識は既に別のところにあった。
何も言わずただゼロスを見つめるロイドを怪訝に思ったのか、先ほどより大きな声でゼロスは喋った。

「なによーロイドくん。そんなに見つめられると、俺さま照れちゃう〜。まあ、この見目麗しい俺さまに見惚れるのも仕方ないけどなぁ。でっひゃっひゃっひゃ」
「…お前さ」
「ん〜?」
「すげぇキレイだよな」
「…………は?」

ロイドの言葉に、笑った顔のまま文字通りゼロスは固まった。
ロイドにしてみれば、常々に思っていたことでもある。ゼロスの反応に、今度はロイドが首を傾げたが、気にせず口を開いた。

「肌が白くて、…なんかテセアラの人ってみんな肌白いよな。あと目もキレイだし。」
「…え、え?ちょ、ロイドくん?」
「雪の中に立ってるゼロス見て思ったんだ。長くて赤い髪もさ、キレイだなって」
「な、おま、何言って………」

はっ、としたのだ。心臓を掴まれるような感覚に。先ほどゼロスの姿を見たときにロイドは言葉を失った。もしかしたら息もしていなかったかもしれない。
ゼロスの口から出る白い吐息さえ神聖なもののように感じた。
雪なんかよりも存在を示すはずの、派手な出で立ち。それなのに。

手を伸ばしても、声をかけても、届かないのではないかと思うほどに、その姿は儚げだった。
そして同時にキレイだと、"天使"のようだと思った。ただ純粋に。
今まで見てきたあのクルシスの天使なんかじゃなく。

ありのままを伝えただけのロイドとは対照的に、ゼロスはだんだんと顔を真っ赤に染めていった。

「うん。お前キレイだよ。さっきみたいにさ、普通に笑えばいいのに」
「あのさぁ、ロイド。男がキレイって言われて嬉しいわけねーだろ。女に使えよそーいうのは。俺さまは、まあ、そりゃあ美しいけど?」
「本当のこと言っただけなんだけどなあ。……ゼロス?顔真っ赤だぞ」
「…お前、ほんと……」

ゼロスは俯いてしまってロイドからは表情は見れない。
長く赤い髪から見える耳もまた、赤く染まっていたけれど。

どうやら照れているらしいと、この手の事柄に鈍感なロイドでも気づいた。
女性のモテ具合から、褒められ慣れているはずなのに。
普段の振る舞いから忘れがちだが、贔屓目無しにもゼロスは黙っていれば絵になりすぎる美青年だというのに。

「………殺し文句だ…」
「ん?」
「ロイドくんの天然たらし。」
「はあ?なんでそうなるんだよ」
「さすがハニー、無自覚か。……余計たち悪い…」

ぶつぶつと、真っ赤な顔のままゼロスは文句を言っていたが、それは照れによるものだと勝手にロイドは解釈したのでそれは右から左へと流れた。

世話しなく自分の髪を触っていることに、ゼロス本人は気づいてないらしい。

「……ロイドくんはさぁ、嘘なんて言わないよな」
「当たり前だろ。…いや、やっぱりちょっと言ったことあるかも。でも今のは本当だぞ」
「上部ばっかの誉め言葉なんて聞きなれてるけどな、……目も肌も…髪も、キレイなんて言われたの、俺初めてだ」

照れたように笑うゼロスは、今までのどの表情よりも"ゼロス"の素の表情だった。

そして今度はロイドの顔が真っ赤になる番だった。


(……か、かわいい…っ)

「ず、ずっとここにいるのも何だし、さっさと宿屋いくぞ」
「はいは〜い。いっひゃっひゃ、ロイドく〜ん、あいしてるぅ〜」
「あーもう、ひっつくな!」

傍よってきたゼロスはもう既にいつもの調子を取り戻してきたけれど、ゼロスのほうから微かに甘い香りが香ってきて、ロイドは心臓を押さえた。

バクバクとうるさい心臓のせいか、それとも、まだひっついているゼロスのせいか、寒さなんて遠に感じなくなっていた。


(なんだよあの顔…反則だろ)


男だし、年上だし、女好きでいつもおちゃらけていて、魔法も使えて、もしかしたらロイドよりも強いかもしれないけれど、何故だか守りたいと思った。ゼロスを。

それはもしかしたら、あの一瞬の瞳の闇に気づいたときから。

頬に落ちた雪が、体温で溶けていく。

今なら凍っているもの全て溶かしてしまいそうだとぼんやりとロイドは考えた。
ふとゼロスのほうを見ると視線がかちあった。お互いまだ顔に赤みがあって二人で顔を見合せて笑った。





(120610)
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -