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遠い遠い、それもセシルが今の半分くらいの身長だったころ。
地面を照らす光が太陽だとやっと理解したくらいの、そんな昔のある日。
少しずつ形を変えていく『影』が不思議でたまらなくて、いつまでも見ていたときがあった。それは太陽が沈み、同じくして風も冷たくなるころに全てが影になるまで。

そんなセシルに后である母が歌うように言った。
『棒を、なんでもいいの。長いものを、立ててご覧なさい。太陽が昇り、そして沈むまでに影がくるっと一周するのよ』
それが日時計だと、気づくのはもう暫く経ってからだった。



じゃりじゃりと、コーヒーカップをかき混ぜる音がする。普通はしないはずの音にいつの間にか慣れてしまっていた。でも、砂糖にコーヒーを浸した比率のそれはさすがに飲めないけれど。

温かな、それでもセシルが口付けられるくらいにはぬるくなったホットミルクの柔らかな味にほう、と息を漏らす。

いつもなにかしら読み物をしていることの多いカミュは、意外と様々なジャンルを読み漁っているようだった。哲学書からファンタジー、恋愛ものまで。
そのどれもが日本語のもので、セシルには手に取ったとしても難しくて読めないものばかりだ。ひらがなの多い絵本や、ふりがながついているマンガは読めるのだが、やはり漢字の多い文学書は辞書が手放せない。いつかはカミュのようにスラスラと読めるだろうか。外国書物をコーヒー片手に読みふけっている姿は格好良い。そうでなくとも、日本の文化に自然と触れていきたい。
セシルが先日まで読んでいたマジック入門編の本は、いつしか上級者編になっていた。
青だった空は、緩やかに赤く染まって今は既にオレンジ色だ。それにつれ窓際に座る、カミュの影が長くなっていく。

今日もまた、夜がきて。そして明日になり、朝がくる。こうして日々を過ごして、

「…………ん?」

毎日が巡って、巡って、その繰り返しの中で。今日も仕事をして、明日は休みで。音也からの誘いがあったので食事に出る予定で。
そこまで考えて、ふとセシルは思った。

「(今日は…何日でしたっけ。今は…何月…?)」
「………愛島?」
「……………」
「愛島!」
「っふにゃ!あ、は、はい!なんですかカミュ」
「じろじろ見て、貴様こそ何か用なのか」

どうやら無意識にカミュを見つめていたようで、読書を中断されたカミュの眉間にはシワが寄っていた。美丈夫である彼の怒った顔は迫力がすごい。照れ隠しのときですら怒るカミュのその顔は見慣れたものだが、セシルとて笑顔のほうが好きなたちだ。どうせならば怒る顔より笑っている顔を見ていたいのだけれど、現状前者のほうが多く、後者ならば意地悪を思い付いたときにしか見られない。結局はどれもあまり違いない。セシルに良いことが起きないという点で。

「いえ…、ただ」
「ただ?」
「今日が何日なのかド忘れしてしまいました。毎日、カレンダーを見ているし、携帯にも表示されているのに」
「ふん、気を抜きすぎだ」
「そうですね。不思議です」

飲み干してしまったマグカップを片付けようとシンクへと席を立つ。
そのときにはもう先程感じた違和感などセシルの中では忘れさられ、明日の予定に心は移ってしまっていた。ちらと目線に入った砂時計の「そういえば、どうしていつまでも砂が落ち続けているのでしょう」という疑問すら忘却へと消えてしまった。

セシルがどうこう思い、考えようとも時は進んでいく。立ち止まることなく。この砂時計のように。



(131205)
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