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眺めていて気づいたことがある。
相変わらず、セシルは触れずに流れ続ける砂時計を見つめていた。
装飾の色合いのせいか、カミュに似ていると思ったときから愛着がわいていたのかもしれない。
まだそれほどセシルの仕事は多くない。遅い時間から始まるロケなどはたまにあったが、カミュのいる部屋にセシルが帰ってくることは稀だった。今日もきっとカミュは、セシルのいる部屋に帰ってくる。
砂時計の置いてある棚は少しだけ埃がかぶっていた。掃除したい気持ちにかられたが、上に置いてあるものをどけなければできない。触れることの出来ない砂時計に、セシルは気休め程度息を吹き掛けるだけで終わった。
魔法は使いたくなかった。
なるべく、この部屋の中ではとくに。

悟いカミュが同居人なのもあったし、この国では魔法を使う人はいない。自分の日常生活やその他もろもろを魔法を使わずに過ごしていたかった。けして、魔法といえど自分自身の力にはかわりはないのでズルだとかは思わないけれど。
ただ、使えることを悟られてはいけないことはセシルにだってわかった。
魔法、マジック。本格的に魔法を使わない手品でも練習してみようか。タネもしかけもありません。手品の常套句そのままの意味であることも面白いのだけれど。

セシルは帰りに寄った本屋で購入したハンドブックほどの大きさの『手品入門編』なるものを読みふけっていた。
マジックが得意だと公言しているのに初心者向けの本を買うのは少しだけ憚れた。でも、中々どうしてタネもしかけもあるマジックだって面白い。一通りはもうやってしまってどれも完璧に出来た。
セシルが遊んでいるうちにカミュの帰ってくる音がした。厳密には音ではなく気配なのだが耳の良いセシルにはどちらも聞き取れた。

「カミュ!おかえりなさい」
「ああ。……なんだそれは」
「手品の本です。カミュも見ますか?」
「『手品入門編』…。貴様、マジックは得意ではなかったのか」
「あっ、えっと、…き、基礎の基礎を復習していたのです」
「ふむ。良いことだ。基礎を疎かにすればいつか影響が出、そして崩れていくからな」

今日は機嫌が良いのか口数が少しだけ多いカミュに、セシルはにこにこと答えていく。カミュの機嫌が良いのは嬉しい。

「ワタシ、コーヒー煎れてきます」

雪のように白いカミュの手がいつもよりも白く見える。触れるときっと冷えきっているに違いない。
その両の手を包んで暖めたいけれど、カミュは必要以上の接触を嫌う。
せめてもと、暖めたい飲み物を。と踵を返したセシルの腕をあの冷ややかな手が掴む。

「…カミュ?あの、紅茶のほうがいいですか?」

ああ、やっぱり冷たい。
セシルの褐色の肌とは正反対の雪の手は、外がどれだけ冷え込んでいるかがわかる。元々永久凍土の国民であるカミュは顔色一つ変えはしない。砂漠の国で育ったセシルからすれば、夜冷え込むことは慣れていても長い期間、それも昼夜問わず温度が低いこの時期はそれなりに辛かった。寒いのは辛い。
セシルを引き留めるために伸ばした手を引っ込めて、止めてあったゴムでカミュは髪をくくった。絹のような美しいプラチナブロンドがさらりと揺れる。
動作の一つ一つが華麗で思わずみとれる。それを察しているのかアイスブルーの瞳を悪戯げに細められた。

「いい。それより、食事にしろ」
「…はい!わかりました、すぐ準備します」

ぱあ、とセシルの顔が綻んだ。いつも帰りが遅いカミュは、業界人との食事で済ませてすることが多い。それも付き合いのうちだと、セシルも何度か経験をしたこともある。
今日はたしか打ち上げも兼ねていたはずで、当然そこには食事もあったはずだ。
それなのに、帰ってくるなりカミュがこう言うということは。

セシルと共に食事を取りたいのだと。

少しだけ、自惚れてもいいだろうか。

毎日作ってある夕飯を暖めるため、軽やかな足取りでキッチンに向かう途中、またもやあの砂時計が目に入る。

いまだ流れ続けてたまま、永遠に時が止まることなどないといっているようなそれは。
いつの日か止まってしまうときが来るのだろうか。来たとしたら、どうなってしまうのだろうか。

食卓の椅子に座るカミュの気配を感じて、セシルは砂時計から目を逸らした。



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