Main

Start++


「結婚しようか」
「…………………………はあ?」

何言ってんだこいつ、とついイーブイを撫でていた手を止めた。
あり得ない言葉が聞こえた気がする。そのセリフを発していた本人を振り替えると、完全におれを見ていた。
無駄だとわかっていても、もしかしたら他人が隠れているかもしれないと周りを見渡す。そいつに言ったのかもしれない。たとえばコトネとか。
残念ながらここにはおれと、レッドしかおらず洞窟の外側は吹雪いているだけだ。

「………独り言か?それとも、まさかおれに言ったの?」
「グリーンに決まってるじゃん。他に誰がいるのさ」

ますます意味がわからなくて疑問符を飛ばしてみても、どこふく風だ。
イーブイとレッドのピカチュウは固まっているおれには目もくれず、二匹してちっちゃい雪だるまを作っていた。可愛すぎる。可愛すぎてつい邪魔になるとわかっていてもイーブイを撫でていたところだった。
なんだこれ。

「レッド、冗談は、」
「冗談なんて言ったらぶっ飛ばす」
「すんません。いや、じゃなくて。え?まじですかレッドさん」
「まじですよグリーンさん」

けっこん。こんなこと言っちゃ悪いが、全く似合わない。けっこん。レッドが、結婚。
こちらに視線を向けるレッドは真剣そのものだ。本人の言うように、冗談などではなく本気なのだろう。それこそなんの冗談だ。

「………おれと?」
「うん」
「誰が」
「僕」
「……………。なんで?」

そう言うと、レッドはきょとんと首を傾げた。なんだその反応。おれとレッドが結婚することに何も疑問などないような顔をしている。
幼なじみのレッドは、おれですらよくわからない思考回路をあちこちに張り巡らせている。話が噛み合わないときはとことん噛み合わない。おれには疑問しかないというのに。
愛らしい二匹から離れ、レッドの目の前に座る。ちょっとこれは色々なものをこじらせてしまっているかもしれない。
何年もこんな山奥にいればそりゃあ健全に育つとは思えない。よりにもよって多感な思春期時代だ。だがレッドは大丈夫だと思っていた。
その考えはどうやら間違いだったようで、様々なものを矯正させる必要があるようだ。

「レッド。まず二、三言いたいことがある」
「なに?」
「結婚って意味わかるか?」
「わかるに決まってるでしょ。今時幼稚園児だって知ってるよ」

なぜかバカにしたように鼻を鳴らされたが気にしない。

「まず、おれたちは男だ。どっちも。オーケー?」
「オッケイ」
「それと、まだ結婚できる年齢じゃない」
「そうだね」
「それより、なによりも!」
「四つあるんじゃん」
「うっせえ聞け!で、おれたちは、付き合っていない」
「うん」

頷くレッドに心なしかほっとする。これで一つでも食い違っていたらそれこそ面倒だ。とくに最後。
そう、おれたちは別に恋人でもなんでもない。ついぞさっき、いや、今だってただの幼なじみ兼ライバルだ。その認識は間違っていないはず。

遊びに誘うくらいにさらっと言われても困る。
…あ。
そこで思い立った。これは「遊び」に誘っているんじゃないか、と。別に本当に結婚をしたいわけではなくて、結婚という状況に興味を持ったとして。ごっこ遊びとは少し違うけれどレッドのことだからただの思いつきかもしれない。
世間から離れたこいつが、普通とそうでないものの境界線が薄くなっていないとは限らない。
そう考えれば諭すのは簡単だ。

「なあレッド」
「返事?」
「ちげーよ!あのなあレッド。結婚しようなんて思い付きでも簡単に言うな。それはな、プロポーズなんだよ。人によっては人生最大の告白でもある。だから、」
「なにそれ」

ぞく、と背中に悪寒が走った気がした。滅多に感情を出さないレッドが、目に見えて苛立っていた。ぼそりと吐かれた声も今まで聞いたことがないくらい低い。

「べ、べつにお前が冗談で言ってないってのはわかった。だから、ダメなんだって。それはおれに言うんじゃなくて、好きな人に…いっ!」

レッドが動いたと思ったら、物凄い力で後ろに引き倒された。その衝撃で背中を打って思わずひきつった声がでる。洞窟の中はゴツゴツとした岩だらけで、痛みが尋常ではない。
いつの間にか視界がレッドと、天井に変わっていて。そこでやっと押し倒されたのだと気づいた。

「いってぇ…!なにすんだよ!どけ!」
「やだ、どかない」
「…どけよ」
「断る」
「……………」

痛さで滲んだ視界の中、相手を睨み付ける。心配したピカチュウたちがこちらを伺っているが、おれとレッドの喧嘩なんていつものことだからか、止めには入らない。本当にマズいときは全力で止めてくるだろうから、今はまだ大丈夫なほうだ。
こんな岩な砂だらけの場所に押し倒されて、おれはかなり苛立っていた。しかし、何故かレッドがおれと同じかそれ以上に怒っているようだった。意味がわからない。

「…言いたいことあんならさっさと言えよ」
「グリーン、結婚しよう」
「おま…っ!まだ言うか!だからそれは好きな人にっつってんだろ!おれに言う言葉じゃねぇよバカ!」
「バカはどっちだよ。だからグリーンに言ってるじゃない」
「はあ?意味わかんね…」
「僕は今、グリーンの言うとおり『好きな人』に『人生最大の告白』をしてるつもりだけど」
「…… …… ……。」
「…… …… ……。」
「……………え、まじ?」
「だからまじだってば」

最初から言ってるだろ、とぬかすレッドに開いた口がふさがらないとはまさにこのことである。視界に入る黄色と茶色の可愛こちゃんたちは痴話喧嘩でも見せられているかのようにやれやれといった風な表情だ。どうやら助けてはくれなさそうだ。
こんがらがる頭を必死に整理していると、おれを押し倒したままのレッドが落ち込むように項垂れた。

「ショックだ…何も伝わってなかっただなんて」
「……お前、おれのこと好きなの?」
「そう言ってるでしょ。小さい頃から好きなのにグリーンちっともわかってなかったんだ」
「ちっさい頃からあ!?」
「僕の初恋グリーンだし」
「う、………お、おぅ。そうか…」
「でも今も好きだよ」
「あー!わかった、わかったからちょっと黙れ」

状況をようやく把握して、おれは今本当にこの幼なじみから本気の告白を受けていることを理解した。冗談でも、茶化しているわけでもないことは、レッドの顔を見ればわかる。
猛烈な愛の告白をされていることに今更ながら気がついて、顔が一瞬にして熱くなる。もしかしたら真っ赤になっているかもしれない。レッドを押し返そうとしたらびくともしないので、仕方なく自分の顔を片手で隠す。
こいつが言うにずっと昔からおれのことが好きらしい。レッドのことを鈍いだの鈍感だの言ってきたがその言葉がそっくりそのままブーメランとしておれに返ってきた。

「お前がおれのこと、す、好きなのはわかった。とりあえず」
「ありがとう」
「でもな、はなから『結婚しよう』はねーだろ。物事には順序ってもんがあるんだよ。ポケモンバトルも目が合って、声をかけて、トレーナーカードを見せてからバトルする。な?」
「うん、それもそうだね。…グリーン」

そっと右手を握られて体が跳ねてしまった。なんだと思っていると、レッドが照れ臭そうにしながらも真っ直ぐにおれを見ていた。

「僕と、結婚を前提にお付き合いしてください」

はにかみながら言うレッドのことがうっかり可愛いだなんて断じて思ってない。思ってない。

「答えは聞いてないけど」
「なんでだよ!おれの意思は無視か!」
「じゃあイエスかハイか」
「肯定だけじゃねーか!」
「どうして?断るの?」

こんなことを言っているが、握ってくる手は汗ばんでいて、逃がすまいとでも言うように痛いくらいに掴んでくる。拒絶されるのが怖いのだろう。きっとレッド自身気づいていないが、今にも泣きそうな顔をしている。
昔、滅多に感情を表に出さないレッドが唯一おれと喧嘩したときだけ泣き出したけれど、お互いしょっちゅう喧嘩していたし、年齢も重ねるにつれそれも無くなってきた。
思えばおれに嫌われるんじゃないかと思って泣いていたのかもしれない。そして今も。

そうだった。同年代の子供がおれとレッドの二人しかいなかったとはいえ。レッドはおれ後を付いて回ったし、暗くなって家に帰るときはそれはそれは寂しそうで心配になったほどだ。だからほっとけなくて、カントーを回った旅の間も偶然を装って会いにいったりしたけれど。
どうして気づかなかったのか。どうして忘れたりなんかしたのか。
レッドはずっとおれのことが好きだったんだ。

「んなの、おれだって…」
「グリーン?」
「おれだって、お前のこと」
「…前言撤回。答え聞いていい?」

熱さで頭がくらくらする。
なんとも恥ずかしい図だ。言われて自覚するだなんて。いや、気づかないふりをしていたんだ、きっと。
そうじゃなきゃただの幼なじみのためにこんな雪山のてっぺんまで頻繁に来たりしない。会いたかったんだ。本当はずっと寂しくて。でもこの歳になってそんなこと言えなくて。
昔はお前が寂しそうにおれと離れがたくしていたくせに、今じゃこんな場所で、一人で。
おれから離れていったくせに、このバカ。

「…よ、…よろしくおねがいします」
「ありがとう、グリーン。好き」

ちゅ、と可愛いリップ音を立てて柔らかい唇が離れていった。突然の出来事で硬直したおれにレッドが微笑んでいて可愛い――じゃなくて。
男としてなにもかも先にやられて悔しいものはない。短時間で色々起こりすぎて開き直ったおれは、手を繋いでいないほうの腕でレッドの後頭部を掴みそのまま口付ける。

「おれも好きだぜ、レッド」
「…グリーン、大胆だね。意外じゃないけど」
「は?え、ちょ、なにおまえどこ触って、っひ!」
「まさかこの体勢でそんなことするなんて…襲われたいとしか」
「んなわけあるか!うわ、わ、ちょ!」

上着のジッパーがいつの間にか下げられていて、シャツの中から肌を撫で上げられる。
まずいこの体勢じゃおれは下になるとかいうことは置いといて、いきなり盛り始めた元幼なじみ現恋人を止めるため必死に抵抗する。全くビクともしないことにショックを感じながらも腕の動きだけはなんとか止めた。

「おま、お前!いきなりヤるやつがあるか!順序があるっつったろ!」
「えー」
「えーじゃない!」
「だって、告白して手も繋いでキスもしたじゃない」

だめだ、このままじゃ襲われる。
シャツをめくりあげられ改めて危機感を感じたおれはイーブイを目配せをした。

「そういうことじゃ…くっ、イーブイ!とっしん!」
「ぐはっ!!」

イーブイのとっしんが顔面に当たり、何故か命令を下していないピカチュウのでんこうせっかをみぞおちに食らったレッドは地面にひれ伏せた。あれは完全に急所に当たったな。

「ぴ、ピカチュウまで…謀反だ…」
「暴走したおやを止めたんだろ。良かったなあいい相棒を持って」
「ちゃあ!」
「レッド、おれん家に来たら、触らせてやるよ」
「……なにそれ、反則」
「はは、じゃないとお前帰ってこねーもん。…おればっかりじゃねえか。お前もおれに会いに来い」
「グリーン…」
「そんときにネコとタチは決めよう」
「色気なさすぎる」
「お前が言うな」

ぽんぽん、と付いた砂を払って立ち上がる。ベルトのモンスターボールを取り出してレッドに突きつけた。

「もちろん、コレで」
「泣いても知らないよ?色んな意味で」
「は、どっちが」
「…絶対負かす」

ギラリとレッドの目が勝負時のように光る。その目にぞくぞくとしたものが背中を駆け抜けた。レッドになら、まあ抱かれてもいいかもしれない。と思う。絶対、言ってやらないけど。



(131205)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -