おれの恋人は天使なんじゃないかと、まだ暗い部屋の中で背を向ける姿に思う。
絵本に出てくるようなキレイな羽なんてものはないけれど。空を飛ぶのは手持ちのリザードンで、その背中に乗っていくだけだけれど。
高い高い山に消えていくとき、まるで天界と下界の境目を越えていくように見えるのだ。シロガネ山のてっぺんだって、容易ではないが行けないこともないのに、何故か。
情事の残る怠い体のせいで、いつもいつも先に起きることができない。
だから背中ばかり見るはめになる。昔はまんま逆だったはずなのに。
「レッ、ド」
「…グリーン」
ごめんね、起こしちゃった?と小さく問いかけられるのもいつものことだった。なんで謝るんだ。むしろ、起こしてほしいのに。その言葉が紡げないのも常で、あまりにも情事後の疲労が抜けてないことに苛立つ。
少しだけ開いたカーテンから薄く月明かりがレッドを照らしていて、まだ朝方でもないじゃんか、と声が出せない代わりに視線に力を入れて。
「グリーン。怒らないで」
「……っ、ん」
触れるだけのバードキスは、さよならの合図だった。
なあ、次はいつ帰ってくる?
なあ、次はいつ会えるかな?
なあ、
どうしておれを置いていくんだ。
「いってきます」
人の部屋だというのに、無遠慮に窓を開けてレッドはリザードンを放った。慣れた動作でその背中に乗り降りる。
やっと少しだけ動く体に鞭を打って窓までゆっくり歩く。
行かないでほしい。
前はずっと一緒だったのに。
隣にいて、離れないで、なんて。
そんな女々しいことは思わないけれど。
「いってらっしゃい」
おれの言葉に微笑んで、月明かりに消えていくのはやはり天使のようだった。
天使を引き留めるものを何も持っていないおれは、どうあがいたってただのちっぽけなにんげんだった。
もうお前の前を歩くのは叶わないのか。今のおれは、昔より自由で、昔より大人で、昔より強いはず。だけど。何故か待つことしか出来なくなってて、寂しいな、と思った。
昔は同等、イコールに当たらずとも遠からず、そして一緒だったのに。消えていくお前に残されるおれは、おれは。
(次にただいまを聞くのは、いつだろう)
(131205)