リビングに続くドアを開けると、冷房の効いた風が体を通る。風呂上がりの体には、寒い。濡れた髪から水が肩に滴る。床には落ちない。オレの体にだけ落ちる。濡れた床は不愉快だからね、と誰にも言うでもなく心のなかで言い訳をした。
「おい、また、んな格好で突っ立ってんなよ。髪くらいちゃんと拭け」
濡れた髪に乗せただけの乾いたタオルの上から、リューヤさんの手のひらの感触がする。言葉とは裏腹に、その手つきはひどくやさしい。そのやさしさが、オレの心を抉るとは知らず。子供に世話を妬くように、ああ、実際オレは子供なんだろう。労るような笑顔を、平手打ちにしたくなる。そんなものに意味なんてないのに。
向けられる、あいじょう、が、苦しくて泣きたくてたまらない。
「リューヤ、さん」
「ん?」
短い返事。そこにすらやさしさを感じて、言葉が紡げなくなる。偽りだらけだった。ジョージだけは信じられた。でもそれ以外は嘘だった。オレが囁く愛の言葉も、オレに捧げられる慈しみの手も、全てが。
まだ今より幼かったオレを、色々とつれ回して、様々なことを教えてくれたあの人も。最後には去っていった。オレに虚しさだけを残して。
この人も、いつかはそうなるのか。誰が違うと言えるだろう。それでも今この瞬間、オレに向けられるあいじょう、は、本物だった。偽りで固められたオレですら、感じるほどの。
ああ、床が濡れてしまった。せっかく、リューヤさんが髪を拭いてくれたのに。オレの目からこぼれ落ちた水が床を濡らす。顔を上げられない。
「おい、神宮寺――」
すがるように手を伸ばす。みっともない。子供のような、子供の――。まだ、オレは子供なんだ、許してよ。
大人になろうとあえぐ自分は、今ここにはいない。明日目が覚めたら、またいつも通りに戻るから。みんなが求める、神宮寺レンに。
抱き締めて、なんてまだ言えないから。まだそんなこと言えるほど、大人じゃないから。そんなオレを笑うことなく、脇のほうからするりと手が伸びて背後に回る。密着した体が熱い。きっと冷房はもう消えてるんじゃないか。と思うほど。
優しいよ、リューヤさんは。
傷ついてる子供を見捨てられない。ああ、オレは傷ついてなんていないけどね。寄りかかる体を拒絶出来ない。抱き締める腕すら優しい。
本当は。乱暴にしてぐちゃぐちゃにして、なにも考えられなくなるくらい、壊してほしいのに。
また優しさを感じて、視界が歪んだ。
Andante amabile(ゆっくりと伝わる、愛が、)どこまでも優しいリューヤさんと、それを感じて涙が出るけど泣くときは苦しいときだけだったから嬉しくて涙が出てるなんて考えもしないレンさま。
(121205)