Main

Start++


かたかたと締め切っているはずの窓が揺れる。雨に叩きつけられて濡れたガラスからは向こう側はぼやけているようだ。皆浮き足立っているのか、教室内は騒がしく、教師もそれを咎めることはない。
これは。
下校を促すアナウンスが流れるのも、時間の問題かもしれない。
ちら、と目立つリーゼントが目の端に映る。我れらが比嘉中テニス部部長の木手永四郎は、珍しくそわそわしていた。

ぬーが、あったんかや。

そわそわしてると言っても、他人の目からは微動だにしてないようにきっと見える。外に目を向けては、小さくため息をついている 裕次郎が見たらしかむぐらいには珍しい。
小さな電子音が、教室のスピーカーから流れ出る。

『台風が近づいています。授業を中断し、暴風警報が発令される前に直ちに下校しましょう。担当の教師は――』

ああ、やっぱり。
沖縄という小さな島に直撃するらしい台風は、昨日からわかっていたことだ。それでも一応学校に来ないといけないのは、ちょっと面倒だと思う。仕方ないけどやー。

アナウンスが終わり、先ほどと比べ物にならないほどに教室内が騒がしくなった。やった、早く帰れる。そんな言葉があちこちから飛び交う。そのセリフに同意する。俺も浮き足立っていた。
不意に目の端に映るリーゼントが動く。
ぬーが、や。こっちきた。

「不知火クン」
「ぬ、ぬーがよ、永四郎」

同じクラスなのだから、永四郎とはわりと一緒に行動する。見かけによらず、テニスしてる時以外は穏やかだ。だけど何故だか今だに少し身構えてしまう。同い年とは思えないこの威圧感のせいかもしれない。

「ちょっと、この後時間ありますか」

出来ればで構いません、とこれまた珍しくどこか表情に曇りのある顔で言われた。
そんな風に言われたら、頷かざるを得ないだろう。俺に限らず、テニス部の皆は、永四郎に付いていこうと決めて、わざわざ武術をやめてまでテニスをしていた。
首を縦に振る。永四郎の切れ長な瞳が満足そうに細められた。

「よかった。甲斐クンだけじゃ、人手が足りないからね」

ひく、と口元が引きつったのがわかった。裕次郎が既に加えられているということは。
やめとけばよかった。面倒事に巻き込まれた気がする。










雨が真横から、むしろ下から上に吹き上がっているような嵐はまだこない。近づいているだけではあるけど、やっぱり台風なんだと思わせる、雨と風。それは扉を隔てて向こう側にある。今のところは。

「永四郎…じゅんに行くばあ?」
「当たり前でしょう。今行かなくて、いつ行くんですか」
「なんでわんも呼ばれたば…」
「仕方ないさー」

部室に集まった皆は、すでに制服を濡らしていた。俺も含めて。ドアに立て掛けている壊れた傘は、台風の日に傘をさしてしまうという無茶なことをした新垣のものだ。
当初、俺と裕次郎だけだったらしい。けれどいつの間にかレギュラーが全員集まっていた。
俺が新垣を道連れにし、裕次郎が凛や慧くんを、そして寛にまで話が回ったのだと思う。
予想以上に雨風が酷くなるのは早く、俺たちのクラスのHRが終わったころには外は凄まじくなっていた。これはさすがの永四郎も予想外だったに違いない。
予期していたら、もっと早くやっているはずだったから。

「みなさん、いいね?びしょ濡れだからもうレインコートはいいですね」
「こっち来るときにやればよかったやんに…」
「何かいいましたか平古場クン」
「…別にー」

ところで、我らがテニス部の部室近くには部長お気に入りの場所がある。部長、つまり永四郎が毎日心を込め丁寧に育て上げたグリーンカーテンならぬゴーヤーカーテンがある場所だ。部室の裏側に君臨しているそれは、俺たちに絶大な威圧感を与えていた。ゴーヤーにマイジョウロで水をあげる永四郎の姿はそれはそれは穏やかなもので、皆文句を言いつつもそれを受け入れている。永四郎がいないときは誰かがちゃんと水をあげているのを、俺は知っている。
確か、ゴーヤーの花が咲いたのを最初に見つけたのは裕次郎で。それを写メって永四郎に送ったのは凛で。第一次収穫のときは寛以外は皆で逃げ回ったけれど、それもいい思い出だ。
寛は永四郎手作りのゴーヤーチャンプルーを食べたらしいけど、俺には食う勇気はない。

つまり、永四郎が今しようとしていることはゴーヤーを台風の魔の手から救出しよう、ということらしい。簡単に言えば、カーテンのように実っているゴーヤーを部室の屋根から引き剥がし部室内への避難をさせる。
永四郎が屋根の上に登って、ということだったけどこちらには高身長が二人もいる。借りれる手は借りたほうがいい。

「よし、みなさん、行きますよ」
「しみてぃーちゅんどー!」
「はいはい、行ってくーさ」
「わんと、慧くんが上取ればいいば?」
「そうどー、寛、慧くんちばれー」

ゴーヤー救出作戦、決行。

嵐の中飛び出した俺たち。幸いにも、雨水は少なく風だけが吹き荒れている状態だった。
濡れた体には、風が冷たい。
部室の裏側に君臨するというだけあって、結構な幅があるゴーヤーカーテン。あの永四郎でも一人じゃ救出するには無理だろう。なんだかんだ人数が揃ったのはいいことかもしれない。
寛と慧くんが屋根にひっかかってるフックを外している間、終わったらすぐ持ち運べるように待機しておく。
暇だからとなんとなく目を向けた凛の髪が、凄いことになっていた。
俺は坊主だから何とも思わないが、周りが凄まじかった。長い凛の髪はばっさばさと風に弄ばれ。いつもふわふわしてる裕次郎は昔みたいにぺたんとしていて。永四郎に限ってはキチンと整えているリーゼントの跡形もない。
恐るべし、台風。

「永四郎ー!こっちは終わったさー!」

寛が暴風の中、声を張り上げる。といっても距離はそこそこ近いのでちゃんと聞こえる。

「わかりました、知念クン。じゃあ、運びましょうか」

永四郎の号令で一斉に植木を持ち上げ部室へと運んでいく。途中、実っていたゴーヤーが飛ばされた気がしたけど、まあ気のせいだろう。


部室へ無事避難されたゴーヤーカーテンは、永四郎の手により今度は部室内に君臨することとなった。

「あ、凛、鬼ババアみたいにやってるやっし!」
「やーこそ、捨てられた犬みたいやんに!?」
「い、犬っ?」
「寛、安心しれ、犬はいねーらん。犬みたいな裕次郎はいるけどやー」

びく、と犬という単語怯える寛に慧くんが裕次郎を指差していた。

「不知火先輩は、なんくるないですね」
「まあ、坊主やんにや」
「みなさん、助かりました。朝も昼休みも、委員会に捕まってしまいましてね。感謝しますよ」

やんややんやと騒いでいたところに、髪も乱れたまま、それでもどこか嬉しそうに永四郎が言った。
皆びしょ濡れで、部室内はゴーヤーカーテン一色になってしまったけれども。

「困ってるなら、助けるのは当たり前やっし、永四郎」

裕次郎の言葉に、皆頷く。比嘉中のテニス部は、部員のほとんどが永四郎に誘われてテニスをしている。その永四郎に頼まれたら、誰も断らないだろう。永四郎だけじゃなくとも部員はみんな、お互い助け合ってきた。そうですね、と笑う永四郎は、いつも威圧感があって大人のようた態度やしが、俺たちと同じ中学生だった。

部室に転がるボールと、置きっぱなしのテニスラケット。こいつらと、全国へ。そんな思いが不意に込み上げてきたところにゴーヤーが目に入って、萎えてしまったのは内緒だ。



(121012)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -