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この休憩室は珍しく人の気配が少ない。がらんとした静けさは、丁度みんなが食事をしたり入浴したりと偶然が折り重なって出来たのだと思う。そうじゃなければ奇跡、かな。100を越える人数、その大半が賑やかな子たちだ。ここも静かだと言っても数メートル先には人の声がする。
そんな場所に僕が足を踏み入れたことを気づかないはずがない。いや、気づいていて尚反応してくれないのかな。挨拶もなければ、視線さえこちらに向けない。きっと僕じゃなく同じ学校の仲間だったならその反応も違ったのかもしれない。その孤高な佇まいが彼らしくて、…乱したくなる。

「木手」
「なんですか不二ク…ン?」

至近距離にある切れ長の瞳がかすかに開かれた。ビックリしているのかな。手塚よりは分かりやすい表情だ。
彼の座っている椅子の手すりに手をかけて、覗きこむように顔を近づける。突然の接近に気分を害したのか眉を潜めて、押し返すように僕の胸に手が当たる。

「近いですよ。なんですか」
「木手、にらめっこしようか」
「……はい?」
「にらめっこ。目をそらしたほうが負けね」

負けね。その言葉に押し返すつもりだったのだろう手の力が感じなくなった。
彼も相当な負けず嫌いのはずで、予想通り乗ってきた。簡単なものだと思う。けれど僕らの年代で、スポーツマンで、尚且つ負けず嫌いなんて、こんな簡単なことでも負けたくないものだ。僕もそうだからね。

彼が読んでいたであろう文庫本のページが風で捲れる。ここは窓は空いていないから、エアコンの風なのだろう。緩やかに、ほんの少しだけ揺れる自分でも見える髪が撫でられる。
にらめっこ。たかがにらめっこ。僕の想像でしかないけれど、彼は亜久津のようにガンつけたりつけられたりをしたことがあるのだと思う。瞬きもせずこちらを見つめるその目は鋭い。
ぞくぞくする。彼は今、僕しか見ていない。

「あれー不二じゃん。なにしてんの?」
「…、英二」

突然かけられた声に、反射的に振り向いてしまった。振り向いた先には英二がいて、彼の姿を見つけたのか怪訝な顔をしていた。
ふっ、と息を吐いたような声が至近距離から耳に届く。しまった。視線を元に戻すとさっきの眉間のシワはどこにいったのか、機嫌良さそうな表情の彼がいた。
僕は勝ち負けに拘っていただけじゃない。けど確かに、彼は僕しか見ていなくて僕のことしか考えていなかったはず。それが、惜しい。もっとそうしていたかったのに。
彼から少し離れて英二に声をかける。

「英二…どうかしたの?」
「えっ?いや、不二を見かけたから…っていうか、なんで木手と?」

うーんと首を傾げる英二は僕と彼を交互に見ているようだった。

「僕も、木手を見かけたから」

英二と同じだね。と言うと納得したのかしていないのかよくわからない顔になっていた。でもこれ以上そのことに興味がないのかいつもの笑顔に戻る。この英二切り替えの早さが、とても気に入っている。気分屋だと言うけれど、それくらい気持ちの切り替えが上手いのだと思う。
がたん、と彼が椅子から立ったのか引きずるような音が鳴る。

「不二クン。俺の勝ちですね」
「…うん、そうだね」
「では失礼しますよ。菊丸クンも」
「え、あ、うん」
「木手」

彼が立ち上がってしまうと、目線が上になる。やっぱり、惜しい。さっきは僕のほうが高かったのに。

踵を返していく彼の腕を掴んで、引き寄せる。

「何―――…っ!」
「ちょ、不二…!?」

予想より柔らかい唇を啄むように合わせる。舌で唇を舐めると、素早く引き剥がされた。突き飛ばさず、背中の服を引っ張るあたり、彼はやっぱり優しい。
なんてことを思ってると、縮地法でも使ったのかあんなに近かった距離がすさまじく離れていた。
彼は顔を真っ赤にする、というよりも警戒しているのか怒ったような表情だった。うん、彼らしい。

「なにするの、ふざけてるんですか」
「木手、今度は、僕が勝つからね」

またね。と声をかけて固まる彼に手を振る。ぱくぱくと何か言いたげに、でも言葉が出ないのか混乱している彼に背中を向ける。
休憩室を出るときに追ってきた英二に目線を投げ掛けた。英二が何かを言う前に、唇を人差し指を当ててしーっ、というジェスチャーをする。英二はこう見えて、本当に内緒にしてほしいときは誰にも言わない。

「僕、木手が気になるみたい」

今度会ったときは、目線を向けてくれるだろうか。挨拶をしてくれるだろうか。
でもきっと、何かしら反応してくれる。僕と彼の間に、関係が出来たのだから。



(121008)
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