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※日記ログ



夜中に小さな振動で目が覚める。マナーモードにしてある携帯は音を鳴らさずただ震えていた。
枕元に置いてある目覚まし時計は暗闇でよく見えない。何時かはわからないけど、きっと電話がかかってくるような時間帯ではないのだろう。
そんな不躾な行動をするやつは、俺の知り合いには一人しかいない。

「……もしもし」
『あ、南!』
「千石、お前今何時だと…」

予想通りの声で怒りさえ沸かない。電話越しに聞こえる千石の声は些か興奮しているのか少し高めだ。

『あ、あー…そっか、うん。めんご、起こしちゃった、よね?』
「まったくだ。…で?」
『え?』
「え?じゃないだろ。どうしたんだこんな時間に」

電話の向こうでふ、と千石が微笑んだことが手にとるようにわかる。随分と機嫌がいいらしい。
もっとも、千石が不機嫌なところなんてそうそう見せない男でもあるから珍しいことじゃないけど。

『南ぃー、眠い?』
「目なんか覚めちまったよ」
『うん、俺が起こしちゃったもんね。…あ、』
「どうした?」
『桜が、舞ってる』
「桜あ?」
『そうなんだよ、南。俺の目の前で桜咲いてる』

まだ外は肌寒い。暖かい日差しと冷ややかな風が不協和音を奏でているようで全くややこしい季節だ。
だが、木は生い茂る、とまではいかないが緑々としていて既にピンク色は見当たらない、はずだ。

「…千石、お前今どこにいる?」
『桜がさ、すごい舞散っててキレイなんだよ。南にも見せたかったな』
「千石!」

桜なんてもう咲いてる時期じゃない。狂い咲きの可能性があったとして、なんで『見せたかった』なんて言い方をするんだ。

『南、桜がさ、桜ばっかりで、ピンク色しか見えない』
「せんご、く」
『たくさん咲いてる。風が強くて、そのせいかな。空も地面もピンク一色』
「千石、聞け、答えろ。今どこにいる?」
『多分…南…れ、……なにも…』

ざあざあと突然千石の声にノイズが混じる。それでも聞き逃すまいと携帯を耳に押し当てる。
いつの間にか握っていた手は汗ばんでいた。

『ちょっと、あれ?南、あーあー、聞こえる?』
「千石…?」
『あ、良かったあ。なんか電波悪いみたい。でさ、この風じゃあ明日には桜散っちゃうから南には生で見せらんないよね。そうだ写メ送る?』

あはは、と笑う千石に思いっきり脱力した。こんな時間に桜だなんだ、少しふわふわしたしゃべり方にありもしない変な妄想をしてしまった。
ただ単に、夜中であることと高まったテンションによって文脈がいつもより怪しくなっていただけらしい。

『あ、やばい電池切れる』
「そーかよ、つーかお前も早く帰って寝ろ。桜の話は明日聞いてやるから」
『…うーん、そだね。起こしちゃって悪いね南』

いつも女の子だなんだいっている千石も、こういう風に子供のように興奮して電話をかける相手が自分だということは、少し嬉しいかもしれない。
夜中起こされるのはごめんだが。

「おう、まったくだ」
『うわ、ストレートすぎ、そんなんじゃモテないぞー』
「うっせ!」
『あはは!うん、じゃあ、おやすみ南』
「ああ、おやすみ」
『……南』
「うん?」
『…あいたい』

ぶつりと切れた携帯のディスプレイが夜目に慣れた目に眩しく映る。
つー、つー、と無機質な音が響くなか、最後に聞こえた千石の声が頭から離れない。



(120606)
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