Main

Start++


いつものようにユーリはフレンと二人で下町を歩いていた。木製の剣を一つ片手に、日差しがまだ鋭い太陽が真上を過ぎたころ、稽古と模した所謂チャンバラごっこに飽きたためだった。
それも仕方ない、と思う。剣は今ユーリが持っているたった一つしかないのだから。
二人でチャンバラをするには一つしかない剣は不憫でしかなく、交代で扱うものの最終的には素手でじゃれあってしまうのも常だった。
子供の有り余る体力では、それでは不満なるだけでフレンの「ならいったことない下町の地域散歩しよう」という一言でお開きになった。
あと一つあれば、とユーリはいつも思う。それなら、フレンと剣を交えることが出来るのに、と。
力も頭も、そしてかけっこもフレンには敵わないのだから、きっと剣の扱いも彼のほうが上なのかもしれない。
それでもよかった。フレンと一緒にいるだけで楽しいから。

負けず嫌いだとは自分でも思う。けれどフレンには負けすぎて悔しくはあるが引きずらなくなった。
ユーリにとってフレンはなんでもできる自慢の友人だった。

「なんだか、ここ賑やかだね」
「そうだな。オレたちの住んでるところのほうが貴族街に近いのに。ああ、だからか」
「あんまり騎士団とかも来ないのかな?」

他愛のない話を脈絡もなく、突発的な話題で会話しながらただぶらぶらと歩く。
そうしてわかったことは、貴族街からは遠いもののどちらかといえば裕福な層の地域だということだ。
家族で歩く姿も、その服装も、ユーリたちのそれより遥かに立派なものだった。

「今日はレストランに行きましょうね」
「プレゼントもあるからな」
「やった、ありがとう、お父さん、お母さん」

すれ違う三人組の親子の会話が不意にユーリの耳に入る。楽しそうな子供の声は、あまり聞きなれない単語を発しだからこそ気になったのかもしれない。

「誕生日パーティー、ね」
「今日が誕生日みたいだね、あの子」
「そうだな。」
「誕生日……」
「フレン?」

誕生日の何が引っ掛かったのか、うーんと首を傾げてフレンはユーリを見た。
なにか問いかける様子のフレンに何事かと続きを促した。

「僕たち、って、誕生日いつなんだろう」

考えたことなかった。
ユーリが真っ先に思ったのがそれだった。親は顔も覚えていない、物心ついたときにはもういなかった。それはきっとフレンも同じで、だからこそ二人は兄弟のように下町の大人たちに、そして下町そのものに育てられた。
自分のだいたいの歳は知っている。フレンと同じで、年が越えるたびに数えていたから。ただ、歳が増える正確な日数はおろか、それを気にしたことさえなかった。
下町の子供にとって誕生日は存在こそ認知していたものの、それを自分に当てはめては考えていなかった。

特にユーリとフレンは両親はおらず、そのような子供も珍しくはない。祝ってくれる人もましてやプレゼントなど、ありはしないのだから。

ただ、今まで気にしていないとはいうものの、ふとした疑問が膨れ上がり理由もわからずその答えを知りたくなってしまうのは子供特有の好奇心と行動力があるからだった。

「ハンクスじいさんなら知ってっかな」
「ハンクスじいさん?」
「ムダに歳くってるから、意外と知ってんじゃないの」
「どうだろう。知ってても、忘れてたりしてね」

ユーリの頭のなかに思い浮かぶ一人の老人。髪はもう白く皺のよった顔は下町の住人らしく丁寧な口調とは程遠い言葉を発するが、その裏側には優しさがにじみ出る。そんな頑固親父。ユーリたち下町みんなの父親のような人だ。

「じゃあ、戻ったら聞いてみようか」

思い付けば即行動。二人は顔を見合わして、同時に駆け出した。











ハンクスは珍しい、とも言いたげに駆け寄ってきたユーリとフレンを見つめた。経緯は聞いたものの、その類いのことに興味を示すのは稀、否、初めてだった。

「誕生日のう」
「で、どうなんだ?」

誕生日の話をするときですら、両親のことは口には出さない。決して暗黙の了解があるわけでもなく、何か思うことがあるわけじゃない。フレンはどうなのかは知らないが、ユーリは両親に興味がなかった。自分の親ではあるけれど、どういう理由であれもういない。いない人のことには、たとえ親族でも考えても仕方のないことだ。というのがユーリの考えだ。

思い出すような、悩んでいるようなハンクスの態度にフレンが残念そうに息を漏らした。

「さすがにハンクスじいさんも誕生日まではわからないかあ…」
「じいさん、自分の誕生日も知らなさそうだしな。あと歳も」
「聞こえとるぞ。まあ、あれじゃ。わからん。おお、そうじゃ」

落胆しかけたとき、ハンクスが口元に笑みを浮かべて、少し待ってろ、と家の奥に消えていく。
手持ちぶさたになったユーリたちは、椅子の上で落ち着き無く足元を揺らしたりしていて、手に持ってる木剣を振りましたところでハンクスが戻ってきた。

「おせーよ、じいさん」
「まあ、いいじゃろうて。お前さんたち、誕生日が知りたいのじゃろう?」
「でも、ハンクスじいさん僕たちの誕生日知らないんだよね?」
「ああ、じゃが、簡単なことじゃ。今日がお前さんたちの誕生日にしたらいい」
「はあ?」

なにいってんだじいさん、とユーリは口に出さず心の中でだけごちた。呆れて声に出せなかったのだが、フレンはどうやら違ったらしい。きらきらと目を輝かせて、ユーリに声をかける。至極嬉しそうな表情に、少しだけ狼狽えてしまうくらいにはユーリと反応が正反対だった。

「じゃあ、僕とユーリの誕生日が一緒ってこと?」
「…あ、ああ。そうなんじゃねえの」

どうやらたった今決まった、適当といっていい誕生日が、ユーリと同じだということが嬉しかったらしい。ユーリにはどうしてそんなにフレンが喜んでいるのかがわからない。けれどけちつけるようなことは言わなかった。フレンが嬉しいなら、まあそれでよかった。

ほら、と二人の前に差し出された。それは、ユーリたちが持っている木剣と同じもの、或いはそれより上質ものが二本。少しばかり大きいような気もする。ハンクスはそれを一本ずつ、ユーリとフレンに手渡した。きょとん、と幼い二人が見つめる姿に、ハンクスの笑みが深くなる。

「誕生日といったら、プレゼントじゃろう」
「え、え、いいの?」
「まじか、じいさん、貰っていいのか」
「もうそれは、お前さんたちのじゃよ」

ユーリとフレン。一人に一本ずつ握っている木製の剣。

「ありがとう、ハンクスじいさん」
「じいさんありがとな!」

どこか大人びてしまった二人の滅多に見れない無邪気な笑顔に、ハンクスは目尻が熱くなる思いだ。

これで、フレンと剣を交える。左手に握った剣の感触に、体が熱くなる。フレン、と声をかけると、わかってる、と返事が返ってくる。
まだ世界も捨てたもんじゃない。そんな大人のようなことを思いながら、ユーリは初めて迎えた誕生日を噛み締めた。



(120927)
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -