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日が沈んでも尚人が行き交い言葉があちらこちらから聞こえてくる。
眠らない街、とまではいなかないが闘技場のあるここは夜になってからが盛り上がるのだろう。
湿っぽい海風が道を照らす炎の街灯を揺らして通っていく。
闘技場都市ノードポリカは淡く月の光を浴びて街全体の独特な雰囲気を醸し出す。
闘技場から聞こえる怒声、悲鳴、歓喜に背中を向けてユーリは歩いていた。
なんのことはない、いつものことながら剣は持っているもののただの散歩だった。

下町では感じることのない海の匂いがユーリの気を外へと向けた。
先ほどジュディスが100人斬りに挑戦するという話をしていたのを考えると、今頃は受付をしているのかもしれない。
見ているだけで自分も闘いたくなってしまうのだからこのときばかりはユーリも自身の性分を少なからず恨んだ。

特にこのノードポリカでは血気盛んな野郎のみならずそれこそジュディスのような女性が集まっているらしくその熱気にあてられているのもある。
つまりは闘いのだ。今の時点で既に。
だからといって自分も闘技場に今出るつもりはないし結界を出て魔物に勝負を挑むわけにもいかず。
ただその熱も凪いだ風が肌の上を通ると同時に奪って行く。

無意識に海へと足を向けていたのかいつの間にか港にまで来てしまっていた。
騒がしくどこか活気に溢れている人の声が遠いほど、気づけば自分たちの船まで見える場所にたどり着いていた。
ユーリの長い黒髪が暴れるように風に弄ばれる。顔に掛かる髪を払い除けながらそろそろ戻ろうかと思ったユーリの目に、見慣れた後ろ姿が映った。

背丈にしては大きなバイキングハットに、そこから伸びる明るい金髪の二つの長いみつあみ。

「……パティ?あんなとこでなにしてんだ?」

自分たちの船――カウフマンから譲り受けたフィエルティア号――に一人佇む小さな少女、パティがそこにいた。

人の声よりも唸るようなさざ波の音が不規則に大きくなっては小さくなっていく。
風が強いためか波は幾分か激しく、さほど大きな船ではないフィエルティア号を危なく揺らす。
雲が目に見える速さで運ばれていく。月を隠しては、その数秒後また顔をだし何事もなかったように人間を大地を見下ろす。

喧騒から離れたこの闇色の空の下はここだけがぽっかりと穴があいたように世界が隔離されているかのようだった。
そんな静寂が支配しかけた雰囲気の中でパティは海を見つめていた。この小さな世界の中でパティだけが異色のように見えた。
佇むといっても、儚げな、守ってあげたいたいような少女の姿にはとても見えなかった。少なくともユーリには。
それならばむしろ、強風のため船が出せないことを憂いているように見えるといったほうが合っている。

バウルで空を飛ぶことも可能だったが、ラピードを除き船旅のほうが好きな連中であった。それに、せっかく闘技場のあるノードポリカに着いたのだから一泊しようと合致してのことだった。
フィエルティア号と一緒に揺れるパティの後ろ姿に不意にユーリは興味が沸き、わざと物音を立てながら軽やかに船に昇る。
風は相変わらず四方からやってくる。

「おお、ユーリ!」
「よお、パティ。なにしてんだ、こんなところで」
「ユーリこそ、なんでここにいるのじゃ?はっ!まさかうちが恋しくてわざわざ追ってきてくれたのじゃな!?」
「ま、そういうことにしとくよ。隣いいか?」
「もちのろんじゃ」

パティのなびくみつあみが時折当たるほど近くにユーリは隣に立つ。
下町育ち故なのか、見た目とは裏腹ともいえるお人好しと近い距離。意外とパーソナルスペースは狭いほうなのかもしれない、とパティは常々ユーリを見て思う。
そこも、好きなところなのだが。

「海を見てたのか?こんな暗いのに船の整備でもあるまいし」
「海と船と、空を見てユーリを想っていたのじゃ。うんうん、ユーリがいる今ここはうちの好きなものしかないのじゃ」
「本当かよ、それ」

ユーリを見上げる少女の瞳は恋する乙女そのもので、実年齢は違えどその無邪気さに頬が緩んだ。
ただ、そのユーリを想っていた、というわけではないなと漠然とユーリは感じていた。彼女の恋愛がどういうものなのかはまだ把握していないものの、好きな相手だからといって四六時中そのことを考えている性格とも思えなかった。
自分の何がパティの琴線にふれたかはわからないが押し付けないその好意はユーリが心地よいと感じるものだった。

「ふむ、そうじゃな。ここは恋バナでもしようかの」
「なんでそうなるんだよ」
「男女が二人、海を見つめながら恋を語り合う姿はまるで、ホタルイカのように美しく儚いのじゃ」
「ふうん、儚い…ね。オレらにゃ、縁のない言葉だと思ってたよ」
「うーん、そうじゃ、まずはユーリの好みのタイプはなんなのじゃ?」
「さあてね、どうだっかな」

恋バナをしているような雰囲気ではないこの空気がなんだか可笑しくてユーリは笑った。
ユーリが住んでいる下町の区域には、まったくとは言わないがあまり同年代はいない。だからずっとフレンと一緒にいたのかもしれないなと今更ながらに思った。

エステルがリタという同年代の友達を得たときにした嬉しそうな表情のように、つるむとしたら同年代で、同性のほうが楽だ。

「ふふふん、うちも聞いておるんじゃぞ?ユーリは年上好きだとな?うちは一応な、一応ユーリよりは……」
「まあ、見た目は完全に年下だけどな」
「あう」

未だ波に揺れるフェルティア号の船縁に小さな体がぴょんと乗る。彼女のバランス感覚は対したもので、航海中ですら縁に乗っていることは少なくない。今更危ないぞ、というには遅すぎるし、彼女が航海中でない船から落ちるわけがない。下にあったはずの視線が途端に上からになる。
ユーリは彼女のようには登らず、縁に寄りかかるだけに留まった。

「海はいいものじゃ」
「…そうだな」
「ユーリ、この波よりも激しく渦巻いていたものは、落ち着いたか?」
「なんだよ、お見通しか」
「涼しげな潮風と、荒波に揺れる船。どちらが強いかといえば、意外と前者のほうじゃ」

彼女は聡い。ユーリが内心、驚愕してるほどに。いつも幼い外見に惑わされてしまうけれど、彼女は自分よりも世界を知っている年齢だ。

「オレも、まだまだだな」

ぽつりと呟いた声は波音にかきけされたのか、パティからの返事は無かった。
いい女だと確かに思う。今まで会った誰よりも。口には、出すつもりはないけれど。
いつの間にか、火照っていた心は穏やかに戻っていた。

パティの青い目は、暗い空の下でも澄んでいて、輝いている。
この沈黙が、心地よい。





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