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夢を見るのはいつだってなんでもない普通の、ただの普遍的な時間が流れているときだった。
忘れたころに、いや、忘れることも出来ない風景と色が戒めのようについてまわる。
まるでお前には安息の時などないと、忘れることを許さないとあの声で言われているかのようだった。

時が経てば経つほど鮮明になる記憶にもしかしたらいくらか自分の都合のいいように捏造しているのかもしれない、と思ったこともあった。
ならば、もっと自分にとっての良い記憶になってくれればいいものを。

赤く女性的な薄い唇が紡いだ声にまだ俺は捕らわれている、のかもしれなかった。




浅い眠りから目覚めて数分、ベッドの上で起きた状態のままぼんやりとゼロスは窓の外を見つめていた。
見慣れた窓に、見たくはない曇った空。
ゼロスの屋敷であるためゼロスは自室、他のメンバーは一人一人に部屋を割り当てられていた。旅の途中メルトキオに用事がてらそのまま泊まることになった。
久しぶりの自室で、久しぶりに一人だった。

王族の次に権力をもつ神子であるゼロスの屋敷は他の貴族の屋敷が質素に見えるほど大きくかなり豪勢で、その割りにはひどく人の気配がしなかった。いっそ、誰もいないのではないかと思えるほどに。

部屋の外から話声や足音が聞こえてくるようになっていた。
きっと、ロイドたちが起きだしたのだろう。
プレセアを除く、少年少女が外に気づいたら顔を綻ばせるかもしれない。
その様子が安易に想像できてゼロスは苦笑いともつかない表情を浮かべた。或いは嘲笑なのかもしれない。自分に対しての。




――メルトキオには、雪が降っていた。




「すごい、かなり積もってるよ」
「雪だるま作れるねー」

セバスチャンが朝食を用意する中、ジーニアスは窓の外を見て感嘆の声をあげていた。
コレットが行儀良く椅子に座りながらも目はジーニアスと同じ場所を眺めていた。
その様子を微笑ましく思っているのか美しい唇を緩やかな微笑に描いているリフィルらを横目で見ながら、ゼロスは漏れだしそうなため息を押さえる。

「雪が、降っているな」

所謂お誕生日席に座っているゼロスの右斜めにいるリーガルが、なんでもないように呟く。瞳はこちらを向いてはいないものの、明らかにそれはゼロスに向けて言った言葉だ。

「そうなんだよなぁ。でも、まあ、昨日かなり冷えこんでいたしな」
「わかっていたら…」
「ん?」
「事前にわかっていたのなら、時期をずらしていたのではないか?」

思わず押し黙ったゼロスにリーガルはふ、と小さく息を漏らし、すまない、と今度はゼロスを見て言った。

「お互いに、トラウマには干渉しない約束だったな」
「…ま、俺さまたちはあんたのいう、そのトラウマは知っちまっけどな」
「私の場合トラウマとは違うが…あまり気軽に口にしたくないことは確かだ。」

リーガルの淡い青色の瞳がゼロスから窓の外へ、正しくは静かに落ちてゆく雪へと視線が移る。

メルトキオの貴族であった、そして今もレザレノの会長であるリーガルの耳にはあまりにも有名な神子の話は度々入ってくるものだった。その中の一つ、『神子さまはメルトキオに雪が降る時期になると、南島へと長期滞在なさる』と、もう顔も名前も思い出せない人物からの他愛のない話。
ふとなんの前触れもなく浮かんだその話はそれからただの一度も聞かなかった些細なものであるが、リーガルはそれこそが彼の、神子としてのゼロスではない彼の本音の一部なのではないかと感じてならなかった。
そしてそれはあながち間違っていない、と根拠のない確信を勝手に持っていた。
だからこそ、この話はするべきでなかった、とリーガルは心の深くで反省していた。

「…軽率だった」
「な、なによ〜、そんなに深刻になんなよ。確かにすっげぇー寒ぃけど、仕方ねぇだろ」
リーガルの態度に、内心たじろぎながら顔に笑みを張り付けてゼロスはいつものように軽口を叩く。
リーガルの立場から、まことしやかに囁かれているゼロス自身の噂やその類いに関しては度々耳にしているのだとゼロスもわかっていた。
メルトキオの城に仕事人として訪れるしいなも貴族らと話をするわけではない。
この数人数のパーティの中に貴族はいないにしてもここには、コレットたちがいるのだ。
時折真実を含むこともある噂話に彼女らは縁があるわけではない。しかし彼女らは、そして彼はゼロスと共に旅をし寝床を同じくする身だ。
ゼロスからは眩しく感じられるほどの純粋無垢なその眼差しに、顔を歪めそうになっては少しばかり慌てて笑顔を作る。
田舎育ちだからこその素朴さか、はたは他の何か。

ゼロスが雪そのものに対して、その存在だけで不愉快になると知ればこちらが望んでおらずとも多少は気遣われてしまう。
同じ神子であるコレットは尚更、リフィルが言うようにマナの波長が合っているのか長くない付き合いにしては気が合った。それは道化を演じる"神子ゼロス"に対してだけではなかったのも確かだ。

そのコレットよりも厄介な人物がいるのだ。正直、彼からのゼロスへの態度は特に気にかけているわけでもないとゼロスは考えている。それなのに。

「みんな早いな〜」
「おはよう、ロイド。貴方が最後ね」
「もー、姉さんってば。ねえロイド!雪降ってるよ」
「えっ、だから寒かったのか!」

誰よりも最後に現れたロイドは、だからと言って最後に起きたわけではないと皆知っている。子供だった。子供なりの、気の回し方だった。
ちゃんとセットされた髪に、いつもより整えられた身着。早く起きていたらしいのは、ゼロスを始め、大人は気づいていた。
些細なことだ。でも、普段と違うことの何かに不安を覚えたのだろう。いつものように遅く起き、いつものように最後に現れた。
そしていつものように笑っていた。それが無意識なんだと思えば、途端にゼロスは恐ろしくなる。似ていた。幼い自分と。環境も、性格も、世界ですらゼロスとロイドは違う。
それなのに。でも、似ているのなら。

「じゃあ、今日は皆自由行動だな」

ロイドの言葉に皆顔をあげる。セバスチャンの、素早い朝食の支度をする音だけが残る。コレットが、いいの?と発音するまで長いような短いような、よくわからない間があった。

「いいんじゃないか、今日1日くらい。な、先生。しいなも、まだ用事から戻ってないみたいだし」
「まあ、そうね。のんびり過ごす、というわけではないけれど。各自で武器を調達したりするだけでも気分転換になるでしょうし、体を休めてもいいわね」
「それに、ジーニアスたちは遊びたいようだしな」

リーガルの言葉に、ジーニアスとコレットが照れたように笑う。お子様だな、とゼロスは思うと同時に微笑ましくも感じた。彼らの存在はパーティー内ではなごみ役でもあった。見目に反して子供らしかったり、反対に大人らしかったりと、見ていて飽きない。それはロイドを含めても同じことが言えた。

「ゼロス」
「なーに、ロイドくん」
「いいだろ?」
「…俺さまに聞くの?」

にか、と雪の日に似つかわしくない太陽のような笑みが向けられる。それにつられて口元が緩む。自嘲的ではない、素直な笑み。
ロイドのことだから、全部わかってるわけじゃないだろう。しかし、きっとこの提案はゼロスのためのものだ。

「ロイドくんは末恐ろしいわ」

ゼロスの言葉にリーガルも笑みを浮かべた。
この太陽が、雪を全て溶かしてくれればいいと馬鹿なことを考える。きっと、今日1日ロイドはゼロスの傍にいるだろう。さりげなく、でも無意識に。不意に目尻が熱くなり、頭を振って落ち着かせる。

幼い頃、体に巻き付いた鎖はもがけばもがくほど食い込んで、その痛みに血を流した。なにしたってほどけなかった。もう、諦めていた心に、鎖が緩む音がした。



(120927)
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