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そんなつもりはなかったんですが
リョーガ×千石っぽくみえなくもない




朝靄に覆われた世界。なんて言葉が似合うくらいにとても静かだ。まだ日が顔を出していないこんな時間。薄く明るくなってきたとはいっても、星の光だって見えている。
ウォーキングや、ましては走り込みではなくてただの散歩のために外に出た。もう少し時間が経ったら朝走ったりする子たちの顔が見れるだろう。海堂くんや真田くんならともかく、跡部くんや白石くんたちの顔も見れる。こんな朝に走らなくたって、練習前にもまた走らされる。やっぱり皆体を動かすのが好きだ。自主連もかかさない。俺もそうだけど、最近はこうして皆を眺めながら歩くのも悪くない。けど、結局最後は俺も一緒に走ってる。
凄く健康的だね、うん。

朝見かけない、亜久津を誘ってみるのもいいかもしれない。

透き通っているような冷えた空気の中。青白い光に包まれているこの空間が、不意に揺れた。人の気配。じゃり、と踏んだ地面が音を鳴らす。
こんな時間にも、もう出てきている人がいるのか。そんなことを考えながら振り向く。

「……っ!」

目前に飛び込んできた鮮やかな色に、咄嗟に手で掴む。いつも使っているテニスボールとは違う。遥かに重く、そして大きい。受け止めたはいいものの、明らかに強い力で飛んできたそれに、手が微かだけれどダメージがきた。
重い。当たり前だ。
手の中にあるのはみずみずしく鮮やかなオレンジだった。

「なにこれ。オレンジ?一体誰が…」
「まだ気づかないか?」
「…っ、な」

いつの間にそこにいたのか、頭上から声がした。素早くそこに目を向けると、フードを被った男が、木の枝に腰かけていた。
その男の手が弄んでいたのは、俺が持っているのと同じオレンジだ。

顔は見えない。けれど見覚えのない出で立ち。声。もしかしたら、高校生かもしれない。
少し警戒するように、一歩だけ距離を置く。男からは敵意は感じない。けれど、たかがオレンジとはいえ、人に投げるものじゃない。

「ちょっと、危ないんじゃないの?当たったらどうすんのさ」
「これぐらい避けられない奴が、ココにいるわけがない。実際、お前は避けられただろ?受け止めたと、言ってもいいけどな」

どこか高飛車な物言いが、不意にどこかのルーキーを思い出させた。
たしかに、この男が言う通り誰が同じことをされても皆避けられただろう。
でもやっぱり、人にする行為じゃない。

「高校生だかなんだか知らないけど、こういうことは良くないんじゃない。それとも、俺のこと、中学生だからってからかってんの」「そんなピリピリすんなって。そのオレンジやるから」
「はあ?なにいって…うおっ」

がさ、と派手な音と共にその男が、俺の目前に降り立った。俺もあんまり低いほうじゃないはずなんだけど。下から見上げる形になって、顔が少しだけ見える。
初対面、のはずだ。どこかで見覚えのあるような、面影のような、顔。だけど、やっぱりフードの影で良く見えない。

ぽかんと突っ立ってると、手を伸ばされる。反射的に体が硬直する。なんだ。緊張が、頭から突き抜けた。
そんな俺の様子に反して、その手は少しだけ、俺の髪の毛を指先で掴んだだけだった。

「…っ、な、なに」
「これ、地毛か?それとも染めたか?」
「え、あ…えっと、」
「まあ、どっちでもいいけどな」
「…ひっ」

思わず悲鳴が出た。俺の反応は正しいはずだ。男の顔が近づいたと思ったら、髪に口付けられた。
なにこれ、どういうこと。

体が勝手に動いて、男から離れるように後ずさる。

「ちょ、ちょっと!俺にそんな趣味はありません!」
「おい、勘違いすんなよ。俺にもそんな趣味はない。挨拶だ挨拶」
「か、髪にキスする挨拶なんて初めてなんですけど」

未だ警戒して距離を取る俺に、男の唇が楽しげに弧を描いた。あ、こいつ絶対性格悪い。
ほらよ、と男の持っていたオレンジが投げられた。さっきと違って、ぽん、と優しく投げられたオレンジは受けとるのに苦労はしなかった。

「お前、気に入った。…また会おうぜ」

がさがさと葉っぱが、強い風に揺られて大きな音が鳴る。いきなりの突風と舞う葉に咄嗟に目を瞑った。

まだひんやりと冷たい程度の気温といっても、風が吹くと流石に寒い。その寒さに、身をすくめる。

「うわー、凄い風……あれ?」

地面には風のせいで落ち葉が大量に置いていた。人の気配はない。ここには、俺一人しかいなかった。

「どこいったんだろう…あいつ。俺を気に入ったって…髪の毛がオレンジ色だからかなあ」

幻のように消えていった。静かなこの並木道のせいで、白昼夢でも見たかのようだった。あの、フードの男。男のいった通り、きっとまた会うことになる。

手に持った2つ分のオレンジの重みが、現実を感じさせた。



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