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かっこよくて、きれいで、誰よりも気高い、俺のヒーロー。
広い背中が皆を導く。てっぺんを指差す指に無条件に信じられる。不敵な笑みが、氷のように美しくて、氷ほど冷たいわけじゃない。
きっと、そんな風に。
純粋だった憧れの気持ちが。
心臓にどろりと濁る黒い滴が、冷えた体に充満する。どくどくと廻る血と一緒に、穢れていく。
ねえ、跡部。俺のヒーロー。
大好きなんて、そんな可愛い感情だったらよかったのに。

伝えたいのは、ありがとう、より。ごめんなさい、かもしれない。







「……おい、起きろ、ジロー」

凛とした、艶のある低い声が耳に届く。声を張り上げているわけじゃないのに、強く響く音色。
時計のうるさいアラームでも俺の頭は起きてくれないのに、跡部の声はすぐにわかる。
これは、俺が跡部を好きだからとかそんなことは関係ない、と思う。跡部だからだ。跡部という存在が、周りを覚醒させる。

「ジロー!」
「…ん、あ〜、あとべぇ。おはよ」
「おはようじゃねぇよ、何時だと思ってんだ」

俺を覗き込んでいる跡部は、呆れたように眉を寄せていた。跡部を見上げるような形になる。もう、見慣れた角度。さらさらと色素の薄い長めの前髪が揺れる。いつも陽光を受けては、鮮やかに光る髪は今日は赤く染まっていた。
長い睫毛に縁取られたアイスブルーの瞳が、細められる。
あ、やばい。ちょっと怒ってる。

「部活、終わっちまっただろーが」
「あ、うっそ。終わる前に行こうと思ってたのに」
「終わる直前かよ」

よいせ、と体を起こした。芝生に寝そべっていたせいで、葉っぱがあちこちについていた。それを少し乱暴に跡部が払う。怒っていても、やっぱり跡部は優しい。

不機嫌な声はそのままに、跡部が口を開く。

「ったく、今日はてめーと試合する予定だったんだよ」
「え、え!なにそれ聞いてない!」
「当たり前だ、部活始まってから決めたんだよ」
「えー、早く言ってよ、俺絶対行ったのにー!あ、今、今から試合しよう。跡部、試合!」
「今日はもう終わりっつてんだろ。ほら、早く立て」

俺の興奮具合に多少機嫌が良くなったのか、口元に笑みが浮かんでいる。跡部は、笑っているほうがいい。きれいに、きれいに笑うから。

跡部に掴まれて立ち上がる。触れたときは、沸騰したかのように熱いのに。離れた途端また冷えていく。そこから広がる、冷水のような黒。
やがて心臓に到達して、侵食される。
きれいであったかい跡部から貰った熱を、俺の体は穢していく。ああ、なんて。なんて、醜い。

「ジロー…?んな落ち込むな。明日、時間通りに来たら付き合ってやるよ」
「えっ!まじまじ?さっすが跡部、俺宍戸に頼んで起こしてもらおっと」

また呆れたように笑った。撫ぜた風にすら、嫉妬するような綺麗な笑みで。
見とれて、固まった俺を気にせず手を伸ばされる。ぐしゃぐしゃと、いつもみたいに乱暴に、でもどこか優しく頭を撫でられる。

「いくぞ、ジロー」

背中を向けて、跡部は歩き出す。背筋を伸ばして、堂々と歩く。その姿に、何故か俺は泣きそうになった。

俺は、跡部が思ってるほど、純粋で無邪気なんかじゃない。
ごめん、ごめんね。
神に懺悔をするかのように、手を握りしめた。
穢れていく、穢れていく。俺と一緒に、跡部も穢れればいいのに。

ねえ、跡部。俺のヒーロー。

穢したくてたまらない、なんて。

跡部が聞いたらきっと悲しむ。それでもきっと、その表情は泣きたくなるくらいきれいなんだろうね。



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