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一連の動作をこなすと、ガコン、と音がした。ひんやりと冷えた缶を自動販売機から取り出す。いつも愛飲している、紫色のパッケージをした炭酸ジュースはこの合宿所じゃワンコイン。それをちびちび飲みながら歩いていると通った休憩ルームにあんまり見慣れない人がいた。
休憩ルームなんて、人が集まるところにいるなんて珍しい。並んだソファーに寝転んでいるのは、たしか比嘉中の三年だ。全国大会で菊丸先輩と試合した、甲斐なんとかって人。比嘉中の奴らは、あんまり他校と話さないでいっつも同じ学校同士で集まってる。田仁志さんとたしか仲が良かった気がする。あ、田仁志さんが裕次郎って呼んでたっけ。
田仁志さんもそうだけど、話してみたらそんなに悪い人たちじゃなかった。思ってたより、程度だし第一印象最悪だったからかもしんないけど。
一応俺たちと話するときは頑張って標準語にしてるらしいけど、興奮すると方言全開で何言ってるかわかんなくなるから面倒くさいんだよね。

近寄りがたいとかなんとか言われてるらしいけど。まあ俺には関係ないし。

そのまま通り過ぎようとすると甲斐なんとか、じゃなくて甲斐裕次郎が身動ぎでもしたのか帽子がぱさりと落ちた。

「…………」

周りには人がいなくて遠くのほうで声が聞こえるくらい。すーすーと気持ち良さそうな寝息が聞こえる。
俺には関係ないけど。まあ帽子くらいは拾っておいてあげようかな。俺も帽子を愛用してる身としては、床に落ちたままなのを見過ごせない。

近づいて帽子を拾う。そのまま頭に乗せるか、近くに置くか。

「……ん、」

また身動ぎをして、長い茶色の髪が揺れた。あちこち跳ねている髪のせいかもしんないこど、耳が垂れた犬に見える。こんな犬どこかにいそうなんだけど。
気持ち良さそうに寝てる他校の三年を眺めていると俺も眠くなってきた。くあ、と欠伸が漏れて、視界が少しだけ滲む。目を擦ると、ばっちり目が合った。
びっくりした。いつの間にか、甲斐裕次郎が起きてたらしい。

「…あ、俺、猫派なんで」
「………はあ?」
「いや、なんでもないッス」

寝転んでいた体を起き上がらせて、眠そうに目をぱちぱちさせていた。寝起きだからか不機嫌そうだった。

「…ぬーよ、やーがいるばあ?」
「えー、と」

なんでいんの、みたいなこと言われてんのかな。そうだった、俺は帽子を拾っただけだ。さっさと渡して帰ろう。持っていた帽子を前に出した。

「落ちてたから。はい」
「……あい、そうだったば。わっさん…じゃなかった、悪い」

帽子を受けとると、さっきの不機嫌な顔が嘘みたいに笑顔になった。そういえば、この人も気分屋だなんだ言われてた気がする。気が変わるのが早いのかもしれない。

「あい、やー青学のちびらーぐゎーやっし」
「…その言い方やめてくんない。」
「なんでよ。イヤか?」
「まあ、慣れてるし別にいいけど」
「ふぅん。」
「そういえば、えっと、甲斐さん。なんであんたこんなとこにいるんスか」

早く帰ろうとは思ったけど、あんまりにも珍しいから聞いてみた。というより、休憩ルームで寝てる人なんて初めて見た。見た感じ私服みたいだし、これから自主練ってことは多分ない。

「あー、凜と待ち合わせしとったんに。あんまりにも遅いから寝ちまったやっさ。…あいつ、いつもわんに遅刻すんなってやかましいくせに」
「へえ、よく遅刻するんだ」
「やーもギリギリに行くタイプって感じやんに」
「いや…」
「ああ、間に合わんタイプだった?」
「…主役は後から登場するもんッスよ」

俺の目を見ていた目線が、下に降りていく。視線が止まったのは丁度ジュースを持っている手。手足を伸ばして屈伸したと思えばいきおいよく立ち上がった。揺れた髪は、やっぱり犬に見える。

「あー、寝たせいで喉渇いたやっさ。わんもなんか飲もうかな」
「甲斐さん」
「ん?」
「さっきのお礼、ファンタでいいッスよ」
「…やー、いい性格してるやっし」

そう言いながらも、何故か顔は嬉しそうだった。帽子の上から頭をぽんぽん叩かれて休憩ルームの出口へ歩いていく。着いてこいってことかな。
出て右に行こうとする背中に、ファンタは左の自販機ッス、と言うとしかめた顔をしながらも左に方向転換していた。

やっぱり話してみると、そんなに悪い人じゃなさそうだ。テニスの絡んでいないときはいつもこんななのかな。まあ、俺には関係ないけどね。



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