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いつも少しだけ外側に跳ねている髪の毛が今はおとなしい。ぽたぽたと落ちる滴は顎を伝って床に目掛けていく。ひんやりと冷たそうな髪。顔。体。手をぎゅ、と握ってみる。やはり冷たい。と、思う。それは俺も同じだからだ。同じように、冷たい。

濡れた髪を見て初めて気づいたことがある。彼は、ほんとんど俺と変わらない長さだ。そういえば俺も、少し前髪が跳ねている。
俺の髪は、色素が薄いほうだ。だけれど彼はもっと薄い。蒼い瞳もかかって外国人のようだ。聞いたことはないが、外国の血が入っているのかもしれない。幼少期は英国で過ごしたと聞いているから、あながち間違ってないと思う。

「てめえ、冷てぇじゃねえか」
「お前も、冷えている」
「そりゃあどしゃ降りだったんだ、当たり前だろ」

車がランプを付けて走っていた。その光すらぼんやりと霞むほど、雨は激しかった。靴に水が跳ねる。雨宿りなんて、しても無駄なほど俺たちは濡れ鼠になっていた。

「ったく、迎えに来させりゃよかったぜ」
「でも俺と歩きたいといったのはお前だろう」
「たまにはいいかと思ったんだがな。俺様としたことが、用意が不十分だったみてえだ」

無理もない。いきなりのどしゃ降りだった。なんの前触れもなかった。
水の滲みた制服が肌に張り付いて不快感が増す。体温が奪われていく。寒気もしてきている気がする。いよいよ危険だ。全国大会を間近に控えている俺たちは、体を壊すわけにはいかなかった。一選手として、部長として。

パチン、と音がした。彼のほうを見てみると、携帯を閉じているところだった。
迎えに来させるがしばらくかかるらしい。と艶のある低めの声が、そんなに声を上げていないはずなのにしっかりと聞こえる。そうか、と返事を返す。

髪から滴る雫が、丁度彼の特徴である泣きボクロの上を伝う。それが、泣いているように見えて思わず手を伸ばした。彼が泣くわけもないのに。泣くはずもないのに。
彼が泣いたところなど、俺は今まで一度とすら、見たことがないのに。

「…?なんだ、手塚」
「あ、…いや、すまない。何でもない」
「なんだよ、どうした。なんでそんな泣きそうな顔してんだ」

ほんの少しだけ下にある目線が、覗きこむように近づく。やはり、あり得ないとわかっていても涙を流しているように見えた。

「お前、が」
「あーん?」
「泣いているように見えた。それだけだ」
「はあ?それなら、今よっぽどテメェのほうが情けねえ面してるぜ」

頬に添えていた手を柔らかく握りこまれる。くく、とどこか楽しそうに彼は笑った。

「じゃあ、手塚ぁ。お前、俺様が泣きそうに見えたからんな面してたのか」
「俺は、そんなに情けない表情をしていたか」
「ああ、してたな。テメェのそんな顔初めてだぜ。でも、あんまりんな面すんなよ」

そう言って、微笑んだ瞳が困ったように細められた。頬に落ちる睫毛の影が微かに震えているようにも見える。握る手の力が強くなった気がした。
先程よりも幾分か暖かい。

そうだったな、跡部。俺とお前は、似た者同士だったな。



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