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夢から引きずられるように体を揺すられる。遠慮の感じられない手の動き。それから逃れるように、背を向ける。誰かや、わんは眠い、放っといてくれ。そう思っても、拒絶を気にせずまた揺すられて顔をしかめた。口には出してない。けれど感じ取れるくらいには、大げさに拒絶したつもりだ。起こすなと。

「凛くん、凛くん」

それだけでは起きないと悟ったのか、耳元で声がする。聞きなれた、口調にしては柔らかい声。

「凛くん、起きれ、もう昼休み終わるやっし」

ああ、裕次郎の声だ。把握した途端、一気に覚醒した。ぼんやりとした景色が嘘のように色鮮やかになる。裕次郎が近くにいて、わんに触れてる。それだけで体が熱くなる、ような気がした。
わじわじーしていたさっきまでの気分が嘘のようだ。裕次郎がわんを起こすことは滅多にない。むしろ、いつもは逆だ。耳元で聞こえてた声。わんを揺すってた手。裕次郎と思えばそれすら嬉しく思える。
屋上にいるわんを、きっとわざわざ探しにきた。眩しいはずの空は、裕次郎の影で少しだけ暗くなる。

「えー、早く起きれよ凛くん。次の授業永四郎なんかと合同やんに」

ちょっと焦ってる裕次郎が面白い。暫く狸寝入りをすることにした。ほっぺをつついたり、乱暴に叩かれたりしたけど貫いた。身動ぎもしないわんに、唸ってる声が聞こえた。
授業が始まるのか、昼休みが終わったのか、どちらかの鐘が鳴る。ありひゃー、怒られるやんにやこれ。わっさんや裕次郎。
急いで起き上がろうとすると、裕次郎から諦めたようなため息がした。

「全く、凛くんはしょーがないさあ」

何故か嬉しそうな声色を含めてそう言った。裕次郎は行かないことにしたのか、わんの横で座っているようだった。わんを置いては行かないのが裕次郎だ。本当にヤバかったら、もっと本気で起こしにかかる。それこそ沖縄武術を極めたその腕で引きずられるくらいには。けれど、それはしなかった。

背中にいる裕次郎の顔色を伺うことは出来ない。完全に起きるタイミングを見失った。
いつ起き上がろうかと模索していると、今度は控えめに体を揺すられる。

「…凛くん、起きてない…やんに?」

しかんだ。ばれたか?
狸寝入りしていることがばれたかもしれん。起きなかったことがわざとだとわかったら。きっと、いや、絶対裕次郎は怒る。それは嫌だ。あんまり知られていないが、裕次郎は怒るとしに怖い。いつも敵を挑発するのが裕次郎含めわったーは皆するけど、それはこっちが冷静だからだ。気分屋のせいか、あんまり裕次郎は怒ったりしない。それは永四郎の役目でもあるからだろうし、その横で緩くしているのが裕次郎だ。
けれどさすが永四郎の幼なじみといったところか。無表情に睨まれたときはわんでもちょっと怖かったやっさ。

髪を撫でられて、体が跳ねそうになる。撫でている、というよりは長い髪を指先で遊んでいるようだった。よかった、ばれてはいないらしい。
優しげな手つきに、微睡む…わけもなく、どくどくと心臓が脈を打つ。更に脳を活性化させたようで。もう眠気なんか残っていない。触れられている場所に全神経が集中する。
その腕を掴んで、こちらに抱き寄せられたら。そんなことを思ってしまう。

凛くん、とどこか切なげに呼ばれる。どうしてそんな声を出すば、裕次郎。

「わん…ちゃーすがさ。凛くんのこと」

裕次郎の言葉を遮るように、米軍の飛行機の音が上空から響く。いつもは気にしない爆音も、今回ばかりは舌打ちをしたくなった。なんでこんなときによ。
微かに聞こえたセリフが、わんの勘違いじゃなければ。

「…裕次郎」
「っ!ぬ、ぬーがよ、しかんだやんに、起きてたば?あ、あの飛行機の音で?」
「違うさあ。最初から起きてた」
「え、じゃあ、やーなによ、寝てたじらーしてたばあ?あーもうわん起こしたんに遅刻したさあ」
「裕次郎」
「…なによ」

体を起こして顔を覗く。裕次郎の目線はあっちこっちに飛んでいる。わんとは目を合わせんつもりか。
少しだけ目の下が赤くなっている。腕を掴めば、ビクンと裕次郎の体が跳ねた。

「さっき、わんに何か言ってたやんに?」
「…言ってない」
「えー、しんけん?言ってたよな」
「…あー、えと、起きれとは言った」
「違う、そこじゃないやっさ。…わんの答えは聞かんば裕次郎」
「え、凛く、」

後頭部を掴んで引き寄せる。お互いの鼻先が付きそうなくらいの距離。これで裕次郎は嫌でもわんと目が合う。

「かなさんど、裕次郎」
「…、へ?」
「わんはやーをかなさんど、裕次郎。やーは?」

裕次郎に触れているだけで煩い心臓が破裂しそうだ。裕次郎も、もし、わんと同じだったら。息が微かにかかる。こんなに近いのに、何も出来ない。少し動けば唇が触れてしまいそうだ。
しかんだせいか、目を見開いてぽかんとしていた裕次郎が口を開いた。ぱくぱくとして、何かを言いかけてやめる、そんな状態。
根気強く待つ。さっき聞こえた台詞は、聞き間違いとは思えない。わんが裕次郎の声を聞き逃すことはありえん。

「凛くん、しんけんか?」
「当たり前やっし。冗談で言わんし」
「…わんも」
「うん」
「かなさんや、凛くん」

照れくさそうに、ふにゃ、と笑う裕次郎に後頭部を掴んでいた手に力が入った。
爆音に消されかけた台詞は、わんが一番聞きたかった言葉。伝えることはないと思っていたのに。

「あが、ちょ、凛く…っん」

抱きしめた体は、わんと同じくらい熱い。触れたところから、火傷しそうなほどの熱さが心地よい。どちらからも聞こえる心臓の音にどうしてか目尻も熱くなる。
ほんの少しだけ裕次郎が震えているのがわかった。

また鐘が鳴る。どうやら今が授業の始まりらしい。けれど、今はまだ、このままで。



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