Memo

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リョーガさん
2014/03/29 05:53
つまらない、面倒なことには目を背けて楽しいことだけを感じていたかった。キレイなものを見て、感激して涙を流して。けれどそんなこと叶わないなんてわかりきっているし、それを選んだのはほかでもない俺自身だった。今更どうあがいたってこんな薄汚れた世界から這い出すなんて出来ない。望むわけじゃないけどふと思うときがある。もう自分はあの腕に抱かれるには汚れすぎたんだ。今ではなんの感情もわかない。ただ会いたくないなと思った。鏡を見るたび、あの人に似ている顔を見るたび、鏡の中の俺は俺を嘲笑う。なんでこんなにも似ちまっているのか。歳を重ねるごとに忘れられなくなっていく。記憶が薄れることはなかった。

 情事の後は気だるくて仕方がない。テニスをしているときよりも動いたりなんかしてないってのに。セックスは気持ちいい。好きだ。けれど終わった後の倦怠感は男に抱かれようが女を抱こうが変わらなかった。強いているなら男を相手にしているほうがキツいことも多い。こっちはもうその気もないのにあっちはまだ猛々しく身体を弄ってくるもんだから厄介だ。
 どうやら俺は相当具合がいいらしい。1ラウンドで終わったためしがない。

 適当に服を引っ掛けてシャワー室を出る。無駄に豪華なホテルの、最上階から見える夜景が葉巻の上がる雲によって遮られていた。もったいねえ。俺には夜景なんて興味ないけど。そのまま部屋を出ようとすると呼び止められる。こいつは最後に少しだけ談笑するのが好きだ。

「私とは、寝てくれるのだね」
「それ、どういうこと?オジサン」
「知り合いの中には君を抱いた後、連絡すら付かなかった輩もいたのでな」
「…俺だって痛いのは好きじゃないんでね。残念ながらMでもない。下手な奴も嫌いだ」
「ふっ…そうか。相変わらず気高いな。君のお眼鏡にはかからなかったか。まあ、たしかにその程度の奴だったよ」
「その点オジサンは優しいからな。でもそういうプレイがお好みなら、ドーゾ?それが最後になるけど」
「君に会えなくなる代償か。それもいいかもしれないが、安心したまえ。私にもそういう嗜好はない。美しいものはいたぶるのではなく、優しく可愛がるものだ」

 まるでわが子を見るような瞳でこいつは俺を抱く。それに気づかないわけがない。こいつは自分の息子だか娘だかを重ねて俺を触る。どうやら話を聞く限り手を出してはいないらしい。いきすぎた愛情をもてあましている。かわいそうな奴。けど嫌いじゃない。

「俺さあ、言ってなかったけど、多分重度のブラコンなんだよ」
「…ほう、父君は、私に似ているかね?」
「いーや、全然。そっちは?」
「似ても似つかないな」

 不毛だ。なんの生産性もない無駄な会話。でもやっぱり俺は嫌いじゃない。それはこいつと少しだけ似ているからなのかもしれない。俺と、少しだけ。

「今度親子プレイでもしてみる?パパだいすきー」
「…美しいものは優しく可愛がるものだよ、リョーガくん。私といるときは自分を傷つけるのはやめなさい」
「…悪い、今のは悪乗りしすぎた」

 もしかしたら息子だか娘だかはもういないんじゃないかとふと思った。俺も会えないよ、生きているけれど。遠すぎるし遅すぎる。何もかも。

 今度こそ背を向けて部屋を出る。声はかからなかった。ここ最近では珍しくまともなお客様だ。静かに、静かに狂っているけど。
 この見目を褒められるのは嫌いじゃない。自分から見ても似ているのだ。それを称えられるとそれだけあの人との繋がりがこの身体にある気がして。でもこの身体もあの人を思う感情もなにもかも、きっともう穢れている。どうしようもない。これが俺だ。







(もしかしたら、あのとき、あの選択をしなかったら)
(あの人と、あの小さな弟と)
(一緒に居られたのかもしれないなんて)


「…んなこと、まだ考えるときがあるなんて」


(バカみたいだ)





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