「はぁ…はぁ…、しつ、こいっ!!」


人が疎らなバックストリート、所謂路地裏を商品を入れた袋を抱えたまま全力疾走する。
その後ろから数人の屈強な体格をした男達がシャムシールと呼ばれる刀を片手に追いかけてくるのを、ゴールドは片手に用意したマスケット銃で威嚇射撃しながら大通りへ向かって走り抜けていた。
だが、いつの間にか向こうももそれなりの魔術師を用意していたのだろう。銃弾は防御壁で遮られ、もはや威嚇射撃などあってないようなものだった。


「まった、く……どうして、今日…に限って、こんな…!」


使い捨てのマスケット銃を後ろへ向かって放り投げてから、また新たに銃を召喚する。
だが、そろそろ魔力が底を尽き始めていることに、ゴールドは焦っていた。

今日は市場が一際賑わう日で、ゴールドも今日はいつもより多くの品物を運びながらカント―へ向かっていた。
だが、その途中で今の山賊に襲われたのだ。
他にも一緒に行動していた商人は早くも山賊達に襲われ、売るはずだった商品を根こそぎ奪れており、ゴールドは山賊に対抗しようとした時、傍にいた商人が大声で言った。


『俺達なら大丈夫だっ!だから、早くカント―まで連絡を回してくれっ!! ……うわぁっ!?』

『おじさんっ!?』

『いいから、早く行けぇっ!』

『……っ!!』

『おい、ガキが一人逃げたぞっ!』

『警備隊を呼ばれると厄介だ!追いかけろっ!』


彼の怒号に弾かれる様に、山賊達の隙間を縫ってカントーへ向かって街道を駆け抜ける。
山賊達もそんなゴールドを追って、数人が追いかけてきた。
そして、今の逃走劇へと話が繋がる訳である。

自分を逃がしてくれた彼らは大丈夫だろうか、死んでなど、いないだろうか。


「…っ!」


嫌な考えを振り払うように首を振りかぶる。
今は一刻も早く、人通りの多い所へ出なければ…っ!!

多分、カントーの方も商人が山賊に襲われていることに気が付いているのだろう。
実際、先ほどから魔法が使われている気配と、硝煙の匂い、剣同士が交わる音が微かに聞こえる。
そちらの方へ向かって行けば、きっと安全だろう。
そう思いながら前に見える角を通り抜けようとした時、不意に右の角から手が伸び、引き込まれた。


「ひっぅ……!?」


急に飛び出してきた腕に悲鳴を上げるが、それは口を塞がれたことにより声になることは無かった。
それが幸いしたのだろう。彼らは自分を見つけることなく、大通りへ向かってまっすぐに走り抜けて行った。


「………ふ、ぅ」

「危なかったな、ゴールド」

「え…?あっ、グリーンさんっ?!」

「ったく。心配かけさせやがって」


彼らの気配が完全に消えたことを確認してから、ふぅと息を吐くと、今まで自身の身体を抱きとめてくれていた人物が呆れたような声音で話しかけてきた。
その声に聞き覚えがあり、おそるおそる確認するように後ろを振り向くと、そこには日頃自身の店へ通い詰めてくれている青年、グリーンがいた。
彼はよっと片手を挙げながら自身に挨拶をし、未だ抱きとめたままの自身の身体を解放をしてくれた。


「あ、…ありがとうございます…。でも、なんでグリーンさんはこんなところに…?」

「ジョウトの商人が山賊に襲われてるって、市場で聞いたからな。それに、あの時間にはいつも店を開けてただろ?だからもしかして、と思ってきてみたら案の定…。ってワケだ」

「助けに来てくれたんですか?」

「それ以外に何があるって言うんだよ…」

「そう、ですけど…」

「けど。…なんだよ」

「なんでオレなんかを助けてくれたんですか? オレとあなたは客と店員っていう接点しかないし、そもそも生まれも育ちも違うじゃないですか」

「それは…」

「服を見れば分りますし、オレだって魔法使いの端くれです。あなたは有名なオーキド博士の孫、ってことだってすぐに分りましたよ」

「…っ?!」


彼の驚いた表情に、オレは呆れとも取れるため息を吐いた。
彼は、オレに自身の正体がバレていないとでも思っていたのだろうが、それは驕りだ。
商人には情報集能力だって必要になる。それを使えば、彼の正体なんてすぐに分ってしまうことを、彼は考えなかったのだろうか?
だけど、彼と交流を持つことに嫌悪を示さなかったのは、自分が彼を純粋に評価していたからだ。

ただ純粋に、商人である自分に色々な話を聞きたい。

その考えに、下心が無かったからである。

でも、だからと言って今日のように山賊に襲われている自分を彼が助けに来てくれたことには違和感があった。
どうして生まれも育ちも違う自分にそんなに親身になってくれるのかが、ゴールドにはもう分らなかった。
下手をすれば彼だって危ない目に合っていたかもしれない。
先ほど自分を助けてくれた彼のように。

そう思うともう、口から零れ落ちる言葉を止めることが出来なかった。


「だからこそ、オレは納得がいかない」

「は…?」

「貴方が魔法を使えることは知っていますが、それでもまだ実践で使うには早すぎる。そんな中で、何故オレを助けたんですか?!」

「……」

「貴方まで奴等に見つかっていたら、今頃二人とも身包みを剥がされて殺されていたかもしれないんですよっ!!」

「結果的には二人とも無事なんだからいいじゃねぇか…」

「そういう問題じゃないっ!」


彼がビクリと肩を揺らすが、溢れ出る怒号は収まることを知らない。
彼の眉がキツク顰められることに気付かず、心にも無いことをぶつけてしまう。


「オレのせいで貴方が怪我を負うことなんてない。なのに、貴方はどうしてオレを助けるんですかっ?! なにかオレにしてほしいことがあるんですかっ!?」

「………」

「貴方が助けてくれたことは素直に嬉しいです。けど、だからってそれがオレを助ける理由は貴方には、……無いじゃないですかっ!!」

「あるよっ!」

「っ?!」


彼の声がオレの声を遮る。
その声に驚き彼の顔を見上げれば、そこには苦しそうに表情を歪ませたグリーンがいた。
彼は拳をキツク握り締め、歯をギリギリと軋ませてから重い口を開いた。


「お前が、……好き、なんだよ」

「え…?」

「お前が好きなんだ。…俺はお前に恋をしてるんだ。いや、これは恋なんて可愛いもんじゃないな……そう、」

「っ!? …ちょ、グリーンさ……なにをっ?!」


オレを好きだと告げた彼は、俯かせていた顔を上げたかと思うと、次の瞬間には路地の冷たい壁にオレの身体を押し付け、抵抗しないようにと両手を上で一纏めに拘束してしまった。
急な彼の行動と豹変ぶりに驚きを隠しきれず、これ以上下がることの出来ない身体を引かせると彼は自身の身体を押し、互いの身体を密着させて熱っぽく言い放った。


「俺は、お前に“欲情”してるんだよ…」

「…っ!?」

「お前の心も、身体も、……お前の全部を掌握したい」

「あ、の……」

「俺がお前を助けたのも、身分が違うのに毎日お前の店に通うのも…。お前が、好きだからだ」

「グリーン、さん、」

「なぁ、…お前は、俺のこと、どう思ってる?」

「そ、の……」


はぁ、と熱い彼の吐息が耳にかかりずくりと身体が疼く。
抱きしめる手も、見つめる瞳から放たれる視線も熱くて。


「ゴールド…」

「あ……」


ふ、と目を閉じた彼の顔が近付いてきて、オレもそれに応えるように目を閉じようとして。


「あっ!」

「うぐっ!! ……な、なんだよっ?!」


ハッと我に返り、近付いてきた彼の顔を思いっきり押し退ける。
途中骨のなるような音が聞こえたが、この際聞こえない振りだ。
目の前で首を手で押さえながら呻く彼に、先ほどまで行為の羞恥を払うようにわざとらしい声音で話しかける。


「市場!…今ならまだ間に合いますからっ!」

「はぁっ!? おま、今の雰囲気を無かったことにしてまで優先したことがそれかっ?!」

「だってオレ達親子の生活がかかってるんですよっ!それに、店先で待ってる人もいるかもしれないし…っ!」

「っ……。そう言われると言い返せないな…」

「だから、もう……。い、行きますねっ!!」

「待て」

「っ?!」


これ以上この場に彼といるのはマズイと直感し、落ちたままの商品を拾い上げ足早にその場から立ち去ろうとする。
だが、彼はそんな自分の腕を掴み、その場へ縫い付けた。
そして、真剣な表情で一片の紙切れを差し出してきた。


「俺は本気だからな」

「グリーンさ、」

「これを渡しておく」


そう言って渡されたのは地図だった。見たところ、彼の家までの地図らしいが。


「あの、これは…」

「もしお前が俺と同じ気持ちなら、今日の夜この場所に来い。違うのなら来なくていい。けど、それでも俺との交流はやめないでほしい」

「えらく急ですね…」

「だからって逃げるなよ。もし逃げたら問答無用でお前を犯す」

「っ!……分り、ました」

「ならいい。…ほら、早く行かないとまずいんだろ?俺のことはいいから、お前を待ってる客のとこまで行けって」

「はい、分りました。……それじゃっ!」


彼が逃げないように釘を刺してから、彼を見送る。
その言葉で俺がどれだけ本気かようやく理解したのだろう。ゴールドは今度こそ真剣な表情で頷くとぺこりと頭を下げてから大通りへ向かって駆けて行った。


「…どう、なるかな」


路地裏の錆びれた建物の隙間から見える空に問い掛けた。


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