「はい」

「はい。じゃねーよ!なんなんだよこれはっ!この状況はっ!」

「なにって…チョコだよ。んで、これを食べてほしいからグリーンを押し倒した」

「意味分かんねぇーよっ!!」


そう叫びながら、俺はチョコを加えたまま迫り来るレッドを押し退けた。
事の始まりは数分前。
俺は自身の本業であるジムリーダーの仕事を全うする為、今日もジムの挑戦者を相手にバトルをしていた。
そしてバトルが終わってジムを後にする挑戦者と入れ違いになるように、幼馴染であるレッドがジムの中へと入ってきた。


『よぉ、レッド。今日は山籠もりしねぇのか?』

『よっ、グリーン。うん、今日はグリーンに用事があるから行かない。てか、人を引き籠りみたいな言い方するなよ!』

『三年間ろくに連絡も寄越さなかったお前に言われる筋合いはねぇーな』

『まぁ、それを言われると返す言葉も無いな』

『で、用事ってなんだよ。今日はもう挑戦者来ねぇーし、ちょうどいいから話が長くても聞くぜ?』


挨拶を交わしつつ、二言三言会話を繋げる。
そして用事があったと告げるレッドに先を促すと、彼は徐にポケットから綺麗に包装された(彼が持つには不釣り合いな)箱を取り出し、そして、


ビリ、ビリビリッ


彼の性格がよく現れる乱暴な破き方で包装を剥ぎ取り、中の四方に区切られた箱から黒いハート型の物体を取り出し口に咥え、


「はい」

「……はい?」


ん。と黒い物体を咥えながら顔を突き出すレッドに俺は思考が停止してしまい、上手く反応することが出来なかった。
だが、あまりにも反応しない俺に痺れを切らしたのか、レッドは未だ黒い物体を咥えたまま眉を顰め、


ガッ


「いっ!! …てぇ〜……オイ、何すんだよっ!?」

「いつまでも反応しないグリーンが悪い。あーあ、せっかくのチョコが溶けちゃったじゃん」

「はぁ?……チョコ?」


無言で俺の足を払い、ジムの冷たい床に倒したかと思うと、今度は俺が逃げないように身体の上に圧し掛かってきて、冒頭の状況になるわけだ。

あまりの急さと振るわれる数々の無体の理不尽さに声を荒げても当のレッドは知らん顔で、口に咥えていた物体、もといチョコレートをようやく口の中へ収めた。
その時にチョコレートの甘い香りが鼻を掠めたが、俺は何故レッドが俺にこんな形でチョコを寄越すのか理解出来なかった。


「なんで?…って顔だな。…はぁ、今日は“バレンタイン”、だろ?」

「え…?あ、ああ〜…」


呆れ顔でレッドにそう言われてズボンに入れておいたポケギアで日付を確認すれば、なるほど、確かに今日は世間一般でいう所のバレンタインデーと呼ばれる日だった。


「タマムシのスロットで何枚か摩ったから気分転換にと思ってデパートに行ったらさ、なんでか女の子達が群がってたから気になって…」

「そしたらそこは“バレンタイン特設コーナー”で?」

「そう。気が付いたら一箱買ってた。っていうオチ」

「はぁ〜。それで、せっかく買ったチョコ無駄にしないように、俺にくれたってわけか…」

「そうそう。…迷惑だったか?」

「そうじゃねぇーけど、せめて説明くらいはしてくれよっ!イキナリこんなことされたら俺だってマジでキレるぞっ!?」

「ごめん…」


今度はこちらが呆れた顔で怒れば、意外にも彼は素直に謝った。
まぁ、俺だって恋人から貰えて嬉しくないワケがないし、何よりそんなイベントに乗じるような敏感な男だとは思っていなかったから嬉しさは倍だった。


「別にいいけどよ…。それよりほら、チョコくれるんだろ?早く寄越せよ」

「ああ…、はい」

「ってまたそれかっ!…ま、いっか。ほら」


しゅんとするレッドを軽く宥め、これ以上機嫌を損ねぬようチョコを要求すれば、彼はさきほどの態度を一変させ笑顔になり、またチョコレートとを口に咥えて顔を突き出してきた。
だが、もうこれ以上何を言っても聞かないだろう。と諦めて、俺はおとなしくレッドからチョコを受け取ることにする。


「ハッピーバレンタイン。グリーン」

「ハッピーバレンタイン。レッド」


ちゅっと重なった唇から、レッドの熱とチョコレートの甘さがじわりと広がった。



(St. Valentine's day)



甘すぎるチョコレートが、二人の熱で溶けてゆく。



(Side.アニポケ)