「……ん、」 「あ、……おはよう、ハルカ。具合はどうだ…?」 目が覚めて直ぐに見えたのはユウキ君の顔。 彼は泣きそうな顔で私を見つめ、それでも私が目を開けたことを確認すると、ホッと息を吐いて顔を綻ばせた。 「…わたし、……あれ?ここって、」 「ハルカの家だよ。…ダイゴさんっていう人がここまで運んでくれたんだ」 「ダイゴさんが…」 「びしょ濡れで浅いけど所々に掠り傷とかあったし……。なぁ、何があったか聞かせてもらえないか?」 そう言って座っていた椅子を私のベッドへ近付ける彼の顔は、今度は険しい顔をしていた。 彼に言われて初めて、自分が服を着替えていることや身体の所々に包帯が巻かれていることにも気が付いた。 彼が何を考えているか分からなかったが、何か大きな勘違いをしているのだろうと考え、とりあえず誤解を解くために、と私は口を開いた。 「そこにある私のボールホルダー、取ってもらえる?」 「?あ、ああ……はい」 「話す前に、これ見てもらってもいい?」 「これ…もしかして、マスターボール?!」 「そう。そしてこの中にはホウエンに伝わる伝説のポケモン、カイオーガが入ってるの」 「“カイオーガ”って…、あの陸を創造したグラードンと対になる、海を創造したポケモン…!」 捕獲対象のポケモンを絶対に捕まえることの出来る、世界に一つしかない貴重なマスターボール。 私はこのボールで伝説のポケモン、“カイオーガ”を捕まえた。 「実は…旅の途中、私は何度かアクア団と戦ったことがあるの」 「“アクア団”って…確か、『海を広げて生物の更なる繁栄を』みたいな謳い文句で活動してる団体だったっけ…?」 「うん。…カイオーガを蘇らせて海を広げようとしたのだけれど、目覚めたカイオーガが暴走して、……ミシロは大丈夫だったみたいだけど、トクサネとかルネの辺りは暴雨がすごくて」 「もしかして、つい最近ニュースでやってた異常気象って…」 「うん。……カイオーガの暴走が影響してたの」 二、三日前にホウエン地方の異常気象を伝えるニュースが流れ、父さんや母さんと危ないな、などど話した記憶が蘇る。 ハルカは大丈夫かな。と思ったこともあったが、彼女のことならきっと大丈夫だろう。なんてタカをくくっていた昔の自分を殴りたくなった。 「たった一匹のポケモンが目覚めただけでホウエン全体が荒れたって知った時、本当はすごく怖かったんだ」 「怖い?」 震えた声で、ハルカは語る。 見つめたハルカの顔は、いつも元気で活発な印象の彼女からはとうてい考えられないほど、しおれた表情だった。 「だって、そんなに大きな力を持ったポケモンと十数年しか生きていない私が対等な力関係なわけないでしょ?……カイオーガに会いに行く途中、何度も足が動かなかった。膝が笑って掌は汗でびっしょり濡れて」 「…でも、お前は逃げなかったじゃないか」 「…逃げられるわけないじゃん。だって、私達人間がポケモンを悪用しようとしたから、今回の事件が起こったんだし…」 「責任感の強いやつ…」 「ユウキ君だって私と同じ立場だったらそうするでしょ?」 確かに。自分もハルカと同じ立場だったらそうしたかもしれない。そして、ハルカと同じ気持ちになったかもしれない。 海を創った伝説のポケモン。それだけで萎縮するには十分だ。 「でも、これでよかったのかな?」 「…?」 「私みたいな子供が、伝説のポケモンを捕まえた。……マスターボールで捕まえるなんて、卑怯だよね…」 「………」 「私は自分の力をカイオーガに示す事無く、マスターボールという絶対捕獲の力で伝説の存在を捻じ伏せた。…図鑑を埋める為。なんて所詮キレイゴト。私は心の何処かで伝説を手中に収められたことが嬉しかったのかも…」 なんて、卑しい捻くれた子供なのだろう。 自身の内の醜い感情に、嘲笑が浮かぶ。 「例えそうだとしても、俺はお前を責めたりしないよ」 不意に届いた言葉。 顔を上げれば、私の言葉を受け止めたユウキ君が今までよりもっと真剣な顔で私を見据えていた。 「別にそれが本音でもいい。心のどっかに、さっきみたいに『ホウエンを守りたい』っていう気持ちがあれば…、俺はそれでいいと思うよ」 「キレイゴトを並べた偽善者でも?」 「それを本物にしたいと思うのならね…。ゆくゆくはカイオーガを従え対等なパートナーとして生きていくんだ。ハルカだって、いつまでも偽善者ではいられないだろ?」 「ユウキ君…キツイこと言うね…」 「ハルカがそんな甘えたこと言ってるからだよ。来るとこまで来たんだ。あとは前を向くしかないだろ?」 腰に手を当てて説教じみたことを言う彼に、私は背中を押された。 今にばかり気を取られ、立ち止まっていた足がゆっくりと一歩を踏み出した気配がした。 「ありがとう…」 「…別に。でも、」 「うぇっ?!」 恥ずかしそうに礼を述べると、彼はいつものぶっきらぼうな返事をして、それから私を抱きしめた。 なんの脈絡もない行動に、心臓がどくりと躍動する。 「本当に…、無事でよかった」 「………」 旅先で出会った時には聞いたことも無い優しい声が、耳を擽る。 彼の心臓から聞こえる拍動と、穏やかな声音が心地よくて、私はゆっくりと目を閉じた。 「…ハルカ?」 黙りこくった彼女を見遣れば、静かな寝息と共に意識を飛ばしていた。 そんな彼女を起こさないよう、俺は重くなった彼女の身体をゆっくりとベッドへ横たえた。 安心しきったような、疲れきったような、そんな顔をしながら眠る彼女の顔を見て、俺は確信した。 「俺は…、ハルカのことが…好きだ」 彼女がけがをした時、何故自分はあんなにも取り乱したのだろう? 何故、ダイゴと彼女の関係が気になったのだろう? 何故、彼女を抱きしめたのだろう? 応えは、その一言に詰まっていたのだ。 「ま、俺ばっかりが好きでも意味無いけどな…」 出来れば、ハルカも同じ気持ちでいてほしい。 彼女は、俺に本音を打ち明けてくれた。 そう、俺だけに。 今はその事実だけで満足しておこう。 でも、いつか思いを打ち明けたら、その時は、 (それは、恋) 君も、笑顔で応えてくれないか? |