―『ハルカちゃんっ!よかった、無事だったんだねっ?!』 ―『…ダイゴ、さ』 ―『っ!ハルカちゃんっ!!』 「いつも済まないな、ユウキ。おかげで助かったよ」 「まったく。父さんは研究となると他のことに気を配れなくなるってこと分かってるだろ? 気を付けてくれよ…」 「返す言葉も無いな…」 「分かってくれれば良いよ。……じゃあ、俺家に戻るから」 「ああ、今日はいつもより早く帰れると思うから、母さんに伝えておいてくれ」 「分かった。じゃあね」 自身を見送る父に手を振り、ユウキは父の研究所を後にした。 今日は父であるオダマキ博士と共にフィールドワークを行っていたのだが、ポケモン研究となると周りが見えなくなる性質の父は、ちょっとした不注意で怪我を負ってしまった。 幸い、軽い怪我で済んだから良かったものの、今日はもうこれ以上は続けられないと、自身が父を窘めたのだった。 研究所に戻り手当をしながらの説教も慣れたもので、父は面目ないとでも言いたそうに頭を掻いているばかりだった。 「………っ!!」 「………っ!!」 「…ん?」 家に向かう途中、隣にあるハルカの家から大きな声が聞こえてきた。 ハルカとは最近ジョウト地方からホウエン地方に引っ越してきた俺と同い年の少女で、父に頼まれポケモン図鑑を埋める旅をしている最中だ。 旅を始めた彼女とは、何度かポケモンバトルをしたこともあった。 最後に彼女と会ったのは、確かミナモシティのデパート前だった気がする。 さっきの声は彼女が帰って来たのだろうか? そう思うと急に彼女に会いたくなり、俺は家へと進めていた足をハルカの家へ向けていた。 彼女の家の玄関が近づいてくる。なんて声を掛けてやろうか。とか、久しぶりにバトルでもしてみようか。とか考えていた頭は、目の前に広がる光景にしばし思考が停止した。 「…ハルカっ!!?」 目の前には高そうなスーツを着こなした青年と、その青年に姫抱きされ眠っているハルカがいた。 二人の体は雨に濡れたみたいにびしょ濡れになっており、穏やかな日差しが降り注ぐこのミシロタウンではひどく浮いていた。 「ユウキ君?! ちょうどいいところに…」 「ハルカは…!」 「大丈夫。疲れて気を失っているだけです。ただ、長い間雨に当たっていたので早く暖かい格好に着替えさせてあげて下さい」 慌てて駆け寄った先には、俺と同じく動揺していたハルカのママさんがいた。 突然の俺の登場に動じることも無く、青年は凛とした声で告げる。 その声に弾かれる様に、ハルカのママさんは部屋へと青年ごと案内するために家の中へ消えていった。 「…本当に、なんてお礼を申したらいいか…」 「気にしないで下さい。ハルカちゃんに無理をさせたのはこちらの方なんですから…。それじゃあ、ぼくはこれで…」 「あっ、お茶ぐらい飲んでいって下さ…」 「いえ、これから急ぎの用事がありますので…」 「そうですか…。本当にありがとうございました」 深くお辞儀をする少女の母に背を向け、ぼくは彼女の家を出た。 しかし、玄関の外にいた少年に気付きその場で立ち止まる。 「なんだい?…ぼくに言いたいことがあるんだろ?」 「ハルカを連れてきてくれたことには感謝しています。…けど、貴方は…ハルカとどういった関係なんですか?」 「只ならぬ関係、とでも言っておこうか?……冗談だよ。そんな怖い顔しないでくれないか」 彼が出てくるのを見計らって、俺は先ほどから問い掛けたかった質問を投げかける。 彼はそんな俺をからかうかの様な答えを返すので、茶化すなという意味も込めて睨みつけるが、あっさりとかわされてしまった。 「誤解しないでくれよ?ぼくの名前はダイゴ。彼女と初めて会ったのはムロタウンで、ぼくへ手紙を届けてくれたことがきっかけなんだ」 「………」 「まだ信じられないかい?別に今の話を君がどう解釈しようがぼくの知ったところではないからね…。それよりも、」 「……っ!?」 彼、ダイゴさんは急に言葉を切ったかと思うと、俺の胸元へ人差し指をトン。と置き、先程の飄々とした雰囲気を消し去って言った。 「ぼくと彼女の関係よりも、君がしなきゃいけないことは他にあるだろう?…優先順位をキチンと整理した方がいい」 からかいなんて微塵も含んでいない真剣な顔で窘められた。 その真剣な顔を見てこれ以上言い返すことも出来なくて、俺はダイゴさんから顔を背けた。 そんな反応にダイゴさんは怒ることもせず、俺の頭に手を置くと優しく撫でた。 「そろそろ彼女が目を覚ます頃だろう…。君が傍にいてあげた方がいいと思うな」 「……はい」 「彼女の話にきちんと向き合うことが、今君がしなければいけない一番大事なことだと、ぼくは思うよ」 「ありがとう…ございました」 「またね」 彼へのお礼もそこそこに、俺はハルカの家の中へと入っていく。 背後で、ダイゴさんがミシロタウンを去る音を聞きながら。 →Next |