「笑ったまま俺の目の前から消えたんだよ…。マジで最悪な目覚めだった」

「…たった、それだけで、」

「…“たった”とか、そんな言い方すんな。お前、俺がどれだけお前を大事にしてるか知らねぇだろ」

「…だって、グリーンさんは言葉にしてくれること無いじゃないですか」

「態度で察しろよ、態度で」

「無茶言わないで下さい…」


互いに顔を見合わせて笑う。
数分前まで静かだった部屋に、くすくすと控えめな笑い声が響く。
彼の顔を覗くといつも通りの元気な顔に戻っており、オレはホッと胸を撫で下ろした。


「今でこそレッドはシロガネ山から下りてきて“生きてる”って確認することが出来るけど、しばらく音信不通だった時があったからな…。そんときのが俺の中にトラウマとして残ってるのかもしれないな」



―『あの子は寂しがり屋なところがあるから』



グリーンのその発言に、不意に彼の姉が言っていた言葉を思い出す。
そういえば、オレが彼に初めて会った時も今の様に気分が沈んでいたような気がする。
トレーナーとしてジムリーダーである彼に挑んだ時に感じた凄みや威圧感が一切感じられないさきほどの態度は、きっと彼の本心なのかもしれない。


「グリーンさんって、案外子供っぽいんですね」

「うっせ。お前の方が子供だろ…」

「たった三つしか変わらないじゃないですか。さっきまであんなにビクビク震えてたクセに…」

「言うなっ!」


彼の意外な一面が見れたことに若干の満足感と親近感を感じる。
やっぱり、彼もまだ"子供"なのだ。いつも自身の先を行き、どうしても埋まらない歳の差にやきもきしていた自分が馬鹿みたいに思えた。


「グリーンさん」

「うん?……ちょっ?!」


彼の胸へ飛び込み、自分より少し広い背中へ手を回す。
彼は自身のイキナリの行動にビックリしていたが、やがて自身と同じように背中へ手を回し互いに抱き合った。


「オレの心臓の音、聞こえます?」

「ああ」

「オレは生きてます。グリーンさんの傍にいます。夢の中のオレよりも、現実のオレを見て、触って、感じて下さい」

「…ああ」

「貴方に黙って何処かに行ったりもしません。だから、安心して下さい」

「……ありがと、な。…情けねぇな、なんか」

「構いませんよ。それよりも、今日はジムの方はどうしたんですか?」

「久々に精神的にキたからな…。今日はジム開けてねぇんだ」

「じゃあ、……」

「今日は一日お前と一緒にいる。だから、しばらくはこのままで…」

「はい…。分かりました」


それ以上は互いに語らず、互いの心臓の脈拍を静かに感じる。
猛々しく激しい命の鼓動が、鼓膜をドクンドクンと揺らす。

オレの鼓動の音が、温度が、感触が、彼の中に溶け込んでしまえばいい。
そうすれば、今日の様な夢を二度と見ないで済むのに。



(その鼓動に、愛を込めて)



「オレは、“生きて”います」


言い聞かせるように、そっと囁く。