二人しかいない少年の部屋に、何かを殴打したような重く鈍い音が静かに響く。


「…っ」

「ふっざけんな!冗談もほどほどにしろよっ!」

「…冗談でこんなことするとでも?」

「…っ?! ……帰るっ!」


バタンと勢いよく閉じられたドアの向こうに消えた幼馴染を追いかけることもなく、俺は殴られて赤くなった頬を抑えながら、床に倒れ込んだ。

どうして殴られたのかって?答えなんて簡単さ。

俺が、グリーンに告白したからだ。
そして、強引にキスまでした。その結果がこのザマだ。


―『好きだ、グリーンのことが。幼馴染としてでも、ライバルとしてでもなく、恋愛感情として』


そう言った時のアイツの驚いた顔。
普段は馬鹿やってる俺が珍しく真剣な顔で告白したから、少しは真に受けてくれるかとも思ったがアイツは苦笑を漏らすとすぐ、


『は、は……いや、その冗談は全然面白くねぇーって』


そう言って俺から視線を逸らした。
そんなさり気無い“拒絶”に、俺は心の奥がざわりとした。
認めてもらうことも、受け止めてもらうことも出来なかったこの感情を持て余した俺は、乱暴にグリーンへとその感情をぶつけてしまった。

でも、そんなことをしても心は満たされなかったのだけれど。
抑えたままの頬が、その痛みを主張するかのように鈍く痛んだ。

グリーンを意識し始めた時期は定かではない。気が付いたら、アイツを“そういう目”で見ていた。
それからはもう、彼の全ての仕草に目を奪われるようになった。

小さく舌打ちをしてごろりと寝返りを打った際、不意に俺の視界の端に写真が映り込んだ。
それは、俺達が旅を始める前に取った写真で、俺達二人がカメラに向かって満面の笑みを浮かべている。

あの頃の俺は、いつもアイツの背中を追いかけていた。
俺の先を行くアイツに旅先で会えば必ず声を掛けられたし、必要とあらばバトルだってした。
でもその追いかけっこも、俺がアイツを倒してチャンピオンに君臨した時に終わりを告げてしまった。

その時、急に心に穴が開いたように、身体中から力が抜けてしまったような感覚に陥った時、それは達成感からくる虚脱だと思っていた。


「(あぁ…、これで俺もアイツも、互いに追いかけることや追うことが出来なくなるのか…)」


けれど俺はそう心の何処かで確信に変えていた。
そう考えた途端、何故だか急に心がざわめき始め、グリーンを独占してしまいたい衝動に駆られた。


「けど、無駄だったんだよ…」


一人しかいない部屋で、小さく呟く。
俺とアイツは、友達やライバル以上の存在にはなれない。

今日のこの出来事で、そうした結論に至ったから。

でも、あんなことをしてしまった以上、もうあの笑顔溢れる写真の様な関係には戻れないだろう。

どんなにバトルが強かろうと、所詮俺はは子供だった。
『今の関係を壊してしまうくらいなら、隠していた方が』なんて生き方、出来なかったんだ。


『二人だけの絆』


それが脆く砕け散る音が、聞こえた。



(手のひらで実らなかった幾重)



そんな明日に、絶望した。