これの続き





「…クリス…クリス…」


二人が沈んで逝った水面を見つめながら、オレは掠れた声で涙を流す。

ここにいたって、もう二人は還っては来ない。
たとえ分かっていても、自分にはそこから動くだけの気力が無かった。


―――『どうか、俺達を忘れないでいてくれ』


最期に見せた、彼と彼女の、“願い”。

その願いが、重くて、冷たくて、受け止めた身体が鉛の様に重くなっている。
耳に、二人の掠れ冷え切った聲がこびり付いて離れない。


「どうして…どうして気付かなかった?!」


だん、と苛立ちをぶつけるように洞窟の固い土に向かって拳を叩きつける。


あんなに傍にいたのに。

あんなに近くにいたのに。

あんなに、悲しそうだったのにっ!!


『(…今からでも、間に合うよ)』

「………え?」

『(今からでも、間に合う)』


自分一人しかいない暗い洞窟に、鈴の音の様に明るい声が響く。

辺りを見回せば、前方。二人が沈んでいってしまった海の上には、一匹のポケモンがいた。

それは、


「セレ…ビィ…?」

『(そう。知っていたんだね。嬉しいよ)』


にこりと笑いながら、嬉しさを体で表す様にその場でセレビィは回って見せた。

いきなり現れた伝説のポケモンに、思考が停止している。
そのせいか、先程まで流れていた涙も止まってしまった。


『(…悲しい、ね。人が死んでしまうのは…)』

「?! 勝手に殺すなよっ!……二人はまだ、死んでないっ!!」

『(でも、このままじゃ必ず“死ぬ”。…そうでしょ?)』

「だから、…だから助けようとしたんだよっ!なのに…何なんだよこの壁?! ……なぁ、お前なら何か知ってるんだろ?……なら、教えてくれよ!二人を、助けたいんだ!!」

『(…もう、せっかちさんだなぁ…)』


微笑を浮かべたまま、表情を崩さず、寧ろ楽しそうに二人の“死”を話すセレビィに対しカッと頭の血が上り反論したが、セレビィは冗談だとでも言いたそうに肩を竦めて見せた。

二人を死なせたいわけじゃない。でも、どうしたらこの邪魔な壁を越えられるか分からない。


―――(気持ちが焦るばかりで、冷静な判断が出来ない)


そう解釈したのか、セレビィはゆっくりと自分の方へ向かって来て、凛とした声で告げる。


『(お前はこの壁を通ることは出来ない。なぜなら、この壁は、お前がこの先へ足を踏み入れないようにするためだからだ)』

「?! …なんで?! だって、そんなことしたら、二人は…」

『(そう、死んでしまう。けれど、あの二人はそれを望んでいる。……助けなど、望んでいないのだよ)』

「っ…ざけんな!だったらどうしてオレに“願い”を託したんだよ?! …それってつまり、死にたくないってことなんだろ?!」

『(…それは、お前の解釈だろう? 考えなんて十人十色だ)』

「…っ!二人が望んでいようとなかろうと、関係ない!……オレは、二人を助けたい」

『(助けたとしても、今度はお前が“拒絶”されてしまうかもしれないぞ?)』

「二度と会えなくなるかもしれないよりはマシだ」


セレビィは決して目を逸らすことも、先の様に茶化すことも一切せず。鋭い眼差しでオレを見遣る。
オレの決意が、本物かどうか確かめるために。

だから、オレは絶対に目を逸らすようなことはしなかった。



「オレは、本気だ」



そう、強く告げる。
その言葉に満足したのか、セレビィはふっと表情を崩した。


『(しかと聞き遂げたぞ。お前の“願い”。…その言葉、絶対に揺るがすなよ。お前はもう、後戻りは出来ないのだから…)』

「…?それって、どうい…」


瞬間、凄まじいまでの風圧が襲い、同時に辺り一面が眩い光に包まれた。


『(《時渡り》は初めてか?)』

「時……渡り?!」


セレビィの特性である『時渡り』とは、簡単に言えば時空移動だ。
移動先は過去だったり、未来だったり。はたまた、こことは違う世界だったりと、行き先は多々ある。

まさか自身が体験することになるとは思わなかったが。


『(そうか。初めてか…。なら、しっかり掴まっていろ小僧。時空の波に振り落とされるなよ)』

「ちょ…!どこに行くんだよっ!?」

『(決まっているだろう…。“並行世界”…もう一人のお前たちに会いに行くんだよ)』

「…はぁっ?!」

オレの初心な反応がお気に召したのか、セレビィは笑いながら忠告をする。

そんなセレビィに対抗するように、誰が時空旅行なんかするか!! という意味を込めて、オレは目の前にいるセレビィをぎゅっと抱き込む。


『(いいか、私は気まぐれなんでね。次にお前を迎えに来る前に、全てを終わらせておくんだぞ…)』

「…お前が来る前に終わらせて、首を長くして待っててやるよ」

『(その意気だ。…それに、心配するな。お前だけではなく、他にも何人かあちらへ送っておいてやろう)』

「…誰を?」

『(それは向こうに着くまでのお楽しみだ)』


いつの間にか洞窟の情景は薄れ、何もない白い空間を漂う。
白い世界の延長線。その先に見えるのは、“あの世界”だ。
クリスと”レッド”を奪った世界。

意図とせず、拳に力が籠る。


『(…怖いか?小僧)』

「分からない。……半々だと思う。怖いと思うし、怖くないとも思う」

『(そうか。なら、アイツらに飲まれないようにだけ、気を付けておくんだな)』

「ああ」

セレビィはその可愛い顔に似合わず、ニヒルな笑みを浮かべている。

それに応える様に、精一杯の笑顔を浮かべた。


『(頑張れよ)』


セレビィのその声を聞きながら、オレの意識は薄れていった。







「ハローハロー。覚悟しやがれっ!」


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