「俺がいたのはこのシロガネ山の山頂。吹雪の中、俺はこの地に足を踏み入れる強いトレーナーを待っていた。お前達によく似た女の子や男の子とも戦ったよ。ヒビキとコトネ、だったかな?……久しぶりに、楽しいバトルだった」

昔を懐かしむように、その時の感覚を思い出すように、彼は饒舌に語る。

「でも、そこからだったんだ。俺の悲劇の始まりは…」

目の前に翳した掌をぎり、と握り締めて、彼は表情を歪ませた。

「いつしか、あの場所には俺と似ても似つかない“レッド”がいた」

「もう一人のレッドさん?」

彼、レッドの口から零れた言葉の真意を確かめるように、ゴールドは問う。その言葉に、レッドは力なくこくりと頷いた。

「俺とは似ても似つかない大人びた顔。風に靡く黒髪。血の様に赤い瞳。全てが、俺とは違っていた。それでもアイツは、さも当然とでも言う様に、山頂に君臨していた」

―『その場所は俺のモノだっ!!』

「…そう声を大にして叫びたかったね。けど、…」

―『“レッドさん!”』

「ヒビキとコトネは、俺じゃなくそいつに向かってそう言った。その瞬間から、俺は……、“無”の象徴になった。初めは、『おいおい、冗談だろ?』位にしか思わなかった。心の何処かで、アイツらはいつか本当のことに気付いてくれると思っていたから」

そこで言葉を切り、彼はがくりと項垂れた。

「それに、グリーンだけは…。幼馴染のグリーンだけは、絶対に間違えないと思っていたんだ…」

そういった彼の声は掠れていて、震えていたように聞こえた。

「変だとは思ったんだ。俺がシロガネ山に籠っていても一度も食料を持ってきたことなんて無かったのに、その日は防寒装備までしてシロガネ山に登って来てさ、笑顔を浮かべて手を振りながら、俺に駆け寄って来たと思ったら、」

―『“レッド”!食いもん持って来たぜ!……ったく、俺がいないとお前はホント駄目だよなぁ〜』

「そう言ってあの“レッド”の元へ駆け寄っていったんだ」

そこまで言ってから、彼はかぶりを振るように激しく頭を振りながら叫び出す。

「ちがうちがうちがうちがう、違うっ!グリーンでさえもアイツを“レッド”と呼んだんだっ!どうしてなんだ!? 十何年も一緒にいてどうして分からないんだっ!」

怒鳴り声が、辺りに反響する。どうしようもない怒りが、ようやく殻を割って出てきた。そう表現できるほど、拙い、けれど大きな怒りだった。その大きさはきっと、今までこの怒りをぶつける相手がいなかった反動だろう。ゴールドとクリスは、その怒りに飲まれ、息をすることしかできなかった。

「そしていつしかアイツらは俺のことを“ファイア”と呼ぶようになった俺はいつしか燃え尽きてしまう“炎”じゃない!! 俺は、生を象徴する“赤”だ!! 悔しくて悔しくて仕方なかった。俺を消した“レッド”が許せなかった。だから、この世界に連れて来られた時、チャンスだと思ったんだ。俺の世界を奪った“レッド”から、今度はこっちが世界を奪ってやろうと思った」

興奮気味に早口で捲くし立て、人の悪い笑みを浮かべるレッドの瞳は、相変わらず悲しみに染まっていた。

「でも、この世界の“レッド”を見て、混乱した。……だって、俺の世界を奪った“レッド”じゃなかったから。…確かに服は一緒だった。けど、顔が違ったんだ。俺と同じ跳ねた癖毛。…瞳は赤色じゃなくて、澄んだ黒色で。クールとは程遠い、子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべていて…」

彼がどんな“レッド”を見てきたかは知らない。けれど、ゴールドやクリスが知っているレッドは、彼が見た通りだ。

「じゃあ、あの“レッド”はなんなんだ?! 得体も知れないような奴に、俺は居場所を奪われたって言うのかっ!?」

ハッ、と彼は自嘲気味に笑った。

「馬鹿げてる。…お前らもそう思うだろ?可笑しくて、涙が出そうだよ」

そしてとうとう、顔を覆って膝をついてしまった。

「だから、死ぬのなら俺も連れて行ってくれ。死ぬ時くらい、“レッド”でいさせてくれ…」

泣いているのだろう。震える唇からは彼の壊れかけた心の、最期の願いが紡がれた。

「死ぬのは怖くない。………孤独の方が何倍も辛くて苦しいことに、気付いてしまったから」

「分かりました」

崩れ落ちた彼へ、そう答えたのはクリスだった。跪き、彼の頭を抱え、あやす様に優しく囁きかける。

「一緒に、逝きましょう…。あなたは、一人じゃない…」

「…クリス……。ありがとう…」

「二人なら、どこまでも行けますよ…」

立ち上がり、ふわりと笑うクリスを見て、レッドは微笑み返す。そして背後で波を打つ海へ向かって、二人は歩き出した。

「!? …待てよっ!クリ………ぐぅっ!!」

このまま行かせてはならない。言う事を聞かない足を無理やり動かして、二人を止めようとするが、後少しという所で、透明な壁に阻まれてしまった。壁に思い切りぶつかり弾かれた体が痛んだが、それでも体を動かし、壁を叩きながら二人を呼び止める。

「何なんだよコレっ?! ……おいっ!待てよ二人ともっ!…やめろって!!」

「…ゴールド」

「…それは、無理だ」

必死に呼びかけるゴールドへ振り返るクリスの手を握ったまま、レッドは言った。

「お前だって分かるだろう?もう、俺達にはこれしか手段が残っていないんだ」

「でも、説明すればきっと、間違いに気付いてくれ…」

「無駄さ。アイツらの中に、俺は“存在しない”」

苦し紛れの提案も、ばっさりと切り捨てられる。もう何を言っても届かない。分かっていても、ゴールドは引き下がることが出来なかった。そんなゴールドを悲しげに見つめたレッドは、ぽつり、と言った。

「でもな、ゴールド。一つだけ、…お前に頼みがある」

「…頼、み…?」

「お前にしか、出来ないことだ…」

「オレにしか…出来ない、…こと」

「どうか、俺達を忘れないでいてくれ」

「………っ!!」

驚くほど澄んだ、綺麗な笑みで、彼は言った。彼の、彼女の願い。自分にだけ向けられた、果てしない願い。重くて、鈍くて、冷たい、<願い>。

「よろしく」

「…じゃあね、ゴールド」

その願いがゴールドの中へ沈んでいくのと同時に、彼らは水底へ沈んでいった。

「……う、ぁぁあああああっ!!」

そして残されたのは、幼き葬列者の悲痛な叫びのみ。










「(…レッドさん、怖いですか…?)」

「(さっきも言ったろ?お前がいるから、ゴールドが覚えていてくれるから怖くないし、それに、……寂しくない)」

「(良かった…)」

水底へ沈みながら、二人は笑い合う。これから訪れる、永遠の幸福に。

『……う、ぁぁあああああっ!!』

不意に、遠ざかる世界から、悲痛な叫びが聞こえた。それが自身の死を見届けた幼馴染の彼のモノであることは、すぐに分かった。

「(……っ!!)」

クリスは、その声から逃げるようにレッドと絡めた手を強く握る。レッドにも聞こえているだろう。その証拠に、彼も手を握る力を強めた。

「(…いつかまた、アイツと笑い合えるといいな…)」

ゴールドに自分の幼馴染であるグリーンを重ねているのだろう。その言葉は、二人に向けた言葉だった。

「(…いつか、ですか…)」

そんな確証の無いものに縋れるほど、自分の心は強くない。結局、自分は世界から逃げてしまったのだから。

でも、願わくば…、

(“幸せ”という名の水底に)

私たちに、幸あらんことを。










その日、水晶と赤の名の子供が消えた。金の名の少年へ、願いを託し。再び彼らを拾い上げるのは、【過ちを犯した人間】かそれとも、【彼らを愛する人間】か。
いずれにせよ、そんな不確かな未来に縋るしかないのだ。



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