「クリスっ!!」

「っ?! ゴールド!? …どうしてここに!」

彼の後について歩くこと数十分。場所は洞窟の中心部だろう。開けた場所に出た時、その中央に自分の捜していた少女、クリスを見つけることが出来た。

「こんなとこにいたのか、心配したんだぞ!」

見つけられたことが嬉しくて、顔を綻ばせながら彼女に駆け寄ろうとすると、途端に彼女は険しい顔つきになり、

「来ないでっ!!」

そう叫んだ。

「…クリ、ス……?」

拒絶されるとは思っていなかったゴールドは、その悲痛な叫びに駆け寄ろうとしていた足を止めてしまった。

「お願い…。来ないで…」

今にも崩れ落ちてしまいそうなほど弱々しい声で、彼女は言う。

「でも、お前のお母さんだってしんぱ…」

「もううんざりよっ!!」

彼女の母の名を出した途端、彼女は先程までの様子と一変して、今度は大声で叫んだ。

「笑っても、泣いても、怒っても…。誰も私を認識してくれないっ!」「時間は進むのに、その流れの中に私はいないっ!いることすら許されないっ!」

「なに言って…」

「皆の記憶から、“私だけ”の記憶が消えていって、私はいなかったことにされるっ!そして“新しい私”と比較され、貶され、馬鹿にされる」

「それって…っ!」

俯き、掠れた声で訴えるクリスの口からは、あまりにも唐突過ぎる内容ばかりが溢れ、ゴールドは制止の声を掛けるが、その声はクリスには届かなかった。

「私は私よっ!どうしていちいち比較されなくちゃいけないの?どうして私は“見ず知らずの世界の人間”に存在を否定されるの?! もう、うんざりなのよっ!!そんな世界で一人孤独に生きるくらいなら……、消えてしまった方がどれだけ楽かっ!」

叫ぶ。そして彼女の心が、慟哭する。そして洞窟の中心で、彼女の心の叫びが大きく波紋を作るように響いく。

「そんな…こと」

「“ない”とでもっ?! ゴールドは私を捜す為にカントーやジョウトを回って来たんでしょ!」

「そうだけど…」

「じゃあ分かるでしょ?! 私を覚えている人がいないことに!」

「……っ!!」

何も言えなかった。確かに、クリスの言う通りだったから。彼女と交流の深いジムリーダーでさえ、クリスの存在を覚えていなかったのだから。

「だから、ここで死ぬの」

今までヒステリックに叫んできたクリスの声が、凛としたものに変わった。彼女の顔は言い表せないくらい苦しそうに歪み、諦めとも、絶望とも取れる表情になっていた。それを聞いたゴールドにはもう、何も言う事は出来なかった。彼女を励ますことも、出来なかった。ただ、その場所で、彼女の決意を聞くことしか出来なかった。

「…でも、一人じゃない」

そんな二人の間に広がる重い空気を震わせたのは、ゴールドをここまで導いてきた少年だった。

「俺も、行くよ」

驚くクリスの傍まで歩み寄り、彼女へ手を伸ばす。

「さぁ、行こうか」

「ちょっと待って?!」

今にも何処かへ消えてしまいそうな二人を引き留めたくて、ゴールドは反射的に叫んだ。

「ここまで連れてきてくたことには感謝する。けど、どうして貴方はここにいるんですか?貴方は…、誰なんですか?」

オレの口から出てきたのは、目の前の彼にさっき聞きそびれたこと。確認しておきたかったこと。努めて真剣な顔で、彼に問う。だが彼は表情さえ変えず、洞窟に広がる闇を見上げたまま言った。

「俺は、キミ達の生きる世界とは違う世界から来た。名前は、“レッド”。…お前も薄々気付いていたんじゃないか?」

やっぱり。疑念が、確信に変わった。

「でも、俺はここの世界と寸分変わらぬ世界で生きている。だから、お前を彼女の元まで案内することが出来た。……本当は、それだけじゃないんだけどな…」

そこで初めて、彼は嘲笑とも取れる笑みを浮かべ、表情を変えた。

「俺も、“存在を消されかけている”から。消えたくない。その思いがキミと…、クリスの心とシンクロしたんだと思う」

「シンクロ?……つまり、レッドさんは別の世界の“レッド”さんで、クリスの思いに引き摺られてこの世界に来たってこと…?」

「そう…なのかもな。詳しいことは俺にも分からないよ。…なにせ、気付いたらこの“世界”に居たんだからな」

ゴールドの知るレッドよりも、この“レッド”は博識だ。初めて聞くような難しい言葉を、語りかけるように喋る。

「でも、どうして消えかかっているんですか?その世界で何があったんですか?」

少し冷静さを取り戻したクリスが問い掛ける。その言葉に彼は経緯を話すこと少し躊躇していたようだが、やがてその重い口を開くと、こう話し出した。



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