※これの続き 「…それじゃぁ、今日はこの辺で…」 シゲルさんに旅の話をせがまれてから数時間。 オレはまず本棚がずらりと並ぶ客間に通され、シゲルさんが淹れてくれた(多分すごく高級なやつだと思う)紅茶を飲みながら、シゲルさんに旅の話を延々と続けた。 旅先で出会ったポケモン、トレーナー、出来事。 オレの話をシゲルさんは目を爛々と輝かせて、時には身を乗り出してまで聞き入っていた。 結局、オーキド博士は帰って来なかった。 なんでも、学会が思いの外長引いてしまったらしい。 それなら長居は無用だと思い、何回か話を切り上げようと試みたのだが、その度に話を掘り下げてくるので、オレは結局、シゲルさんが満足するまで話をしたのだった。 しかし、随分と話し込んでしまったらしい。 窓の外を見ると、日はとっぷりと暮れ、宵のカーテンが辺り一面を覆っていた。 「あちゃー、もうこんなに暗くなってたのか…」 「ん?……あぁ、随分と話し込んでしまったみたいだね…。今日はどこかで宿を取る予定だったかい?」 「ええ。今の時間なら、近くのポケモンセンターはギリギリ開いていますから、今日はそこに泊まる予定で…」 「でも、夜になると野生ポケモンの数も多くなるし…」 「大丈夫ですよっ!オレには相棒のポケモン達がいますからね!」 「でもねぇ…」 それでも心配なのか、シゲルさんは顎に手を当てて考え込んでいる。 自分が話を聞きこんだせいで日が暮れてしまったことに、罪悪感があるようだ。 「あっ!」 「なんですか?」 急に声を発したシゲルさんに驚きながら、どうしたのか聞き返すと、彼は名案を閃いたとでも言いたそうな顔でこちらを見遣り、 「ここに泊まっていけばいいんだよ!」 そう言い放った。 「えぇっ!そんな、駄目ですよっ!」 「大丈夫だよ。おじい様には後できちんと許可を取るから」 「で、でも…」 「元はと言えばぼくがキミを引き留めたのが悪いんだ。これくらいはさせてくれないか?」 どうしよう…。 彼は自分を泊める気でいる様だし、正直、自分だって本当は街灯も無い草むらを歩く元気はない。 マサラタウン周辺の野生ポケモンがどれだけの力を持っているか把握しきれていない以上、無闇に出歩くのは危険だろう。 「…じゃぁ、一晩お世話になります」 「分かった。しばらく客間で待っていてくれないか?色々とこちらで準備しておくから」 「ありがとうございます」 パタン、と閉じられた扉の向こうへシゲルさんは消えて行った。 オレはその姿を見届けてから、座っていたソファにずるずると凭れた。 「シゲルさん。お風呂ありがとうございました」 「湯加減はどうだった?」 「ちょうどよかったです」 「そう、それならよかった。それじゃぁ、ぼくも入って来ようかな…」 「…行ってらっしゃい」 あれから彼が用意してくれた食事を食べ、お風呂まで入らせてもらった。 食事中もまだ話したりなかったのか、彼はしきりに話しかけてきた。 お風呂にまで入らせてもらい、(シゲルさんのお下がりだが)替えの服まで用意してもらったし。 彼は意外に世話焼きなのかもしれない。 ボスリと、これまた用意してもらったベッドに寝転がり、明日のことを考える。 「(明日こそはオーキド博士も帰ってくるって言っていたし、図鑑のバージョンアップをしてもらったら、今度はこの先のトキワシティからバッジ集めを始めようか…?)」 バージョンアップされた図鑑なら、今よりもっと詳しくポケモンの生態が分かるだろう。 「…ん、…」 だんだんと目が重くなってきた。今日は一度に色々なことがあったから余計に疲れたのだろう…。 オレは睡魔に抵抗することもなく、目蓋を閉じ夢の世界へ旅立った。 「…ん、んんぅ」 外からは鳥ポケモンの鳴き声が微かに響いている。 窓から差し込む朝日に顔を照らされ、オレはゆっくりと目蓋を開いた。 「…っ!?」 意識が覚醒した瞬間、オレは声にならない悲鳴を上げた。 何故なら、 「(なんでシゲルさんが、オレのベッドで寝てるんだっ?!)」 そう、目覚めたオレの視界に一番乗りしてきたのは、シゲルさんの寝顔だった。 彼は何故かオレと同じベッドに横になっていて、オレが起きていることも露知らず、すやすやと静かな寝息を立てている。 「(つか、昨日も思ったけど、整った顔つきだなぁ…。きっと女の子とかにもすごいモテるんだろうな…って、何言ってんだ?! オレ!)」 いつの間にか見つめていた彼の顔から視線を外し、ふるふるとかぶりを振る。 とにかく、このままでは自分の心臓が持たないので、弱い力で彼を揺さぶり起こす。 「シゲルさん…、朝ですよ…」 「ん…、ん…」 「シゲルさん…」 「…、あ…あぁ、おはよう…」 未だ覚醒しない頭を動かしながら、シゲルさんはむくりと起き上がった。 「おはようございます。あの、なんでオレと同じベッドにシゲルさんが寝てるんですか?」 「んん?…あぁ、それはね…」 朝の挨拶もそこそこに、彼に自分が今一番知りたい疑問を投げかける。 すると、彼はふわりと笑って一言、 (「ここ、ぼくのベッドだから」) そう、言ってのけたのだった。 |