※櫂くんとナオキくん
※惑星クレイパロ





かつて惑星クレイを危機に陥れていたヴォイドとの一件後、《ドラゴンエンパイア》内に軍を設立している<なるかみ>部隊は新たに抹消者(イレイザー)と呼ばれる者達で纏めた部隊を作り上げていた。
そして、その抹消者を束ねる指揮官である<抹消者 ドラゴニック・ディセンダント>と、彼と契約を交わし先導者(ヴァンガード)となった青年櫂トシキは、ドラゴンエンパイアに造営された城の城内にある中庭で談笑を交わしていた。


『聖騎士達の王が凱旋し、影の騎士達も新たに撃退者(リベンジャー)という部隊を設立したようだ。今、惑星クレイはそれぞれの国家が互いに手を取り合ってヴォイドに立ち向かおうとしている』


柔らかな日差しを背に受けながら、猛将は穏やかにそう告げる。戦場で剣を振るう勇ましき姿はなりを潜め、今はただ静かに流れる時間に身を委ねているようだった。


「アイチも、レンも、そして他のクランのヴァンガードも、さきの戦争でヴォイドがいか
に悪しき存在かということを痛感していたからな。当然の結果だろう」


そして竜の見下ろす先にいる櫂が、彼の言葉に応えるように続ける。


『かつての惑星クレイでは実現しなかった世界を、今のヴァンガード達が作り上げようと
している。トシキ、私はそれに全力で協力する。我らがヴァンガードよ、気高くあれ』


櫂のその言葉に、ディセンダンとは櫂がヴァンガードとなる前の惑星クレイのことを思い出し、今の世界の現状に満足そうに眼を細める。
そこには、いくつもの戦場を駆け抜け、多くの犠牲と栄光を掴みとってきた戦士たる想いが込められていたようにも思えた。


「ああ、言われなくても」


そうしてようやく、互いの周りの空気が柔らかくなる。真っ直ぐ前を見据えていた力強い瞳は穏やかに弧を描き、櫂の口はわずかながら口角が上がっていた。


「………ん?」

『どうした、トシキ…?む、この声は…』

「ボーイングだな…」


だが、その穏やかな時間も束の間。櫂はふと耳を擽る小さな音に気が付き、視線を周囲へと巡らせる。すると、同じくその音に気付いたのだろう。ディセンダントが櫂に問い掛けてすぐ、彼は声の主に気が付いたらしい。
そうして櫂とディセンダントが視線を定めた先には、手乗りサイズの竜が一匹、こちらへ向かってふよふよと飛んできていた。
その竜はやがて櫂の近くまで飛んでくると、何かを訴えるかのようにキュウキュウと情けない声で鳴くのであった。


「また戸倉に小さくされたのか…。まったく、だから石田に着いて行く時は気を付けろとあれほど言っただろう」

『お前も懲りない奴だな。それでは抹消者の名が廃る』


それぞれの小言を小さな身体で聞きながら、櫂の胸の中でなおも鳴き続ける<抹消者 ボーイングソード・ドラゴン>は、櫂の弟子であるなるかみの第二のヴァンガード、石田ナオキと契約を交わしたユニットだ。
石田ナオキはヴァンガードに就任して間もない為、今は彼の知人であり<ゴールドパラディン>のヴァンガード、先導アイチの指導のもと、日々修行を重ねている。
中でも、ナオキのことを気に入っているらしい<ジェネシス>のヴァンガードである戸倉ミサキは、ことあるごとにナオキや彼が付き従えているボーイングソードにちょっとした悪戯を仕掛けることがあり、今日のように縮められ彼女の暇つぶしの相手として付き合わされることは日常茶飯事であった。
その度、櫂やディセンダントはこうして忠告をするのだが、当の弟子であるナオキがあまりそのことに関心を持たない為か、ほぼ放任のようになってしまっているのが現状だが。


「早くアイツに元に戻してもらえ」


ハァと小さく溜息を吐き、櫂は小さくなったボーイングソードにそう告げる。
いくら術式で小さくされたと言っても、それをナオキが解除出来ないようでは先が思い遣られる為、櫂は初めて小さくされた時、ナオキに掛けられた術を解く術式を教えていたのだ。だからナオキの元へ行けば今すぐに元の大きさに戻してもらえるというのに、ボーイングソードは未だキュウキュウと鳴きながら今度は櫂の裾を引っ張りはじめた。


「埒が明かないな…。何をしたいんだお前は」


生まれたばかりの竜のように、自然な状態であれば先導者である櫂はどのユニットの言葉も理解することが出来るのだが、今回のように他者の術式によって故意に状態を歪められたりしてしまうと例え櫂であっても意思の疎通は難しい。
言葉が通じない相手がなおも櫂に何かを訴える様に、ほぼ打つ手がないままにその場で立ち尽くしていると、不意にディセンダントがこう言った。


『ボーイングソードはお前に付いて来てほしいところがるようだな』

「俺に…?……仕方ないな、案内しろ」


ディセンダントのその言葉を肯定するように首を縦に振ったボーイングソードは続けて懇願するように櫂を見上げる。その視線の強さにとうとう根負けした櫂は、また一つ溜息を零してから、彼が進む道を後ろから辿っていくのであった。






「お、来た来た!おせぇぞ、櫂!ボーイングソードもお疲れさん!後で元に戻してやるからな!」

「石田…。それに、お前達まで…。一体何をしている」

「は?何って決まってるじゃねーか!今日はお前の誕生日なんだろ?それのパーティだよ」


城内を少し歩いた先、謁見の場を兼ねた大広間に連れてこられた櫂を出迎えたのは、彼の弟子であるナオキを筆頭に、櫂やナオキが契約し使役する<なるかみ>の主力ユニット達が勢揃いだった。
竜が広間一面を囲むその光景に一瞬目を瞠った櫂だったが、すぐさま表情を正し、ナオキへ状況を説明するよう言葉で促す。
問い掛ける櫂の表情は普通の人間であれば息を呑んでしまうほどの力強い眼光を放っていたが、良くも悪くも純粋で真っ直ぐな男である石田ナオキは、櫂の胸中など存ぜぬとでも言うかのように至極当たり前のように、あっけらかんと言い放ったのだ。


「パーティ…だと…?」

「つっても略式だけどな。ほら、こっち来いって!」

「…っ、おい…!」


ナオキの言葉を復唱し、確認するように問い掛ければ、彼はおぅ!と元気な声でそう答えた。そして櫂が次に言葉を発する前にその手を掴み、ナオキは櫂を広間の中央に用意された料理が並べられたテーブル横へと連れて行った。


「んじゃ、堅苦しい挨拶は抜きにして、早速始めようぜ!まずは…っと、ほら、これ。オ
レからのプレゼントだ!受け取ってくれ!」


ナオキの成すがままにされてしまっていることに再度意を唱えようとした櫂だったが、自身の服のポケットから何かを取り出し櫂の前へと差し出したナオキによってまた遮られてしまった。
これ以上は口を挟める状況を作り出せないと観念した櫂は、目の前に差し出された小さな箱を見遣り、次いでナオキの手からそれを受け取った。


「開けてみてくれよ!な、櫂!」

「ああ。………これは、ペンダント、か?」


よほど自信があるのだろう。早く早くと急かすナオキに乗せられて、やや乱雑に箱の包みを解いた次の瞬間、櫂の手にはシャンデリアの明りを反射して光を放つ銀のチェーンの通されたペンダントが収まった。


「おぅ!ディセンダントの息吹と、番長に教えてもらった『加護の術式』を込めたペンダントだ!戦場で、きっと役に立つぜ!」

「ナオキ…」


ぐっと親指を立ててこちらへ向けるナオキは、どこか誇らしげにそう告げる。


「なるほど、それで最近はずっと戸倉の所へ行っていたんだな…」

「番長スパルタ教育、まるでどっかのお師匠様みたいだったぜ…」

「…ほう、それは俺のことを言ってるのか?」

「な、そ、そうじゃねーって!誰も櫂のことなんて言ってねーし!」


まるでこのプレゼントを作る過程で受けたミサキの指導の辛さを思い出したかのようにぐったりと肩を竦めたナオキの言葉に、からかうように問い掛ければ、彼は面白いくらいに身体を揺らして動揺する。
それがあまりにも可笑しくてつい口角を上げてしまえば、それを目敏く見つけたナオキが、ニィッと笑みを深くした。


「よかった、喜んでもらえて」

「嬉しくないわけがない。…だが、ディセンダント。お前、ナオキと組んでいたな?」

『すまないな。ナオキがどうしてもと言うものだったからつい手を貸してしまった。だが、私としても主であり先導者であるお前の生誕を祝いたいという想いがあったからこその行動だ。今回ばかりは目を瞑ってほしい』


見上げ、確認するようにディセンダントへ問えば、彼は穏やかな声音で櫂に告げる。その気持ちを叱責するわけにもいかず、櫂はただ構わないという意味を込めて緩くかぶりを振った。


「いや、俺こそお前達に気を遣わせてしまったみたいだな。…だが、ありがとう」


素直に礼を述べることに慣れているわけではなかった為、最後の方は小さくなってしまったが、それでも櫂は彼等の気持ちをその身に十分に貰い受けた。


「早速着けてやるよ。ほら、屈めって」


そして微笑む櫂の手からペンダントを取ったナオキが、留め具を外し櫂の首周りへとチェーンを回す。
腰を屈め着け終わるのを待っていた櫂が、ナオキの出来た。という言葉に首元を見遣れば、そこには紅蓮を思わせる赤い宝石が爛々と輝きを放っていた。


「よし!じゃあ、最後の仕上げだ」

「仕上げ…?」


きらりと揺れるそのペンダントを見遣る櫂を横目に、ナオキはそう言うと、徐にそのペンダントへと口を近付け、こう紡いだ。


―『偉大なる竜を従えし先導者に、神の加護がありますように』


そうして最後に彼が口付けを落とせば、瞬間ペンダントは強い光を放ち、やがて元の輝きを取り戻した。


「これでより強い守りになったぜ!オレが一人前の先導者として、アンタと肩を並べるよ
う、これからも指導よろしくな!」


その笑みにつられるように、櫂もまた一つ笑みを零すのだった。



(弟子より愛と祝福を込めて)