※櫂三和










「えーっと、櫂さん?これは一体どういった風の吹き回しで?」


休日の昼下がり、滅多に連絡を交わさない櫂からのメールで一言『家に来い』と命令されたオレは、何かあったのだろうかと緊張しながら彼の家へと向かった。

チャイムを鳴らしてすぐに姿を現した櫂は、黒いエプロンを身に着けており、何かを調理していたことを示していたが、三和を一瞥すると小さく上がれと言うだけで部屋の奥へと引っ込んで行ってしまった。

そんないつも通りの彼の態度に肩透かしを食らいつつ、けれどもまだ油断は出来ないと気を引き締め直してから、三和はリビングへと歩を進めた。

櫂の家を訪れるのは未だ片手で足りるほどの回数であったが、すでに勝手知ったるなんとやらで、テーブルが供えられたソファまで進むと、彼に許可をもらうことをせずにドカリと座り込んだ。

そうしてはぁと三和が息を吐くのと同時に、キッチンのある方から櫂がトレーを持った状態で再テーブル前まで歩き、屈み込みながらトレーをテーブルに置き、のせていた物をゆっくりと下ろしていく。

そんな櫂の手元へ視線を合わせれば、どうやらトレーにのっていたのはミルクティーとケーキのようだった。


「……これ、ガトーショコラか?」

「ああ、そうだ。……俺からのバレンタインプレゼントだ」

「………は?」


真っ黒と表現できるケーキは、三和の予想通りガトーショコラだったらしい。店でよく出されている物と同じくらい綺麗に仕上げられたそれは、ご丁寧にミントと生クリームまで添えてあった。

今まで櫂の家を訪れた時には、こんなにも手厚くもてなされなかった為、驚きを隠さないまま櫂へそんな意味を込めて視線を向ければ、彼はぼそりと小さな声でそう言った。

櫂がオレに…、バレンタインのプレゼント…?


「なんか変なもんでも食ったのか?!」

「三和、お前俺をなんだと思っている」

「いやいやいや、だってお前がプレゼントとか…。そんなキャラじゃねーだろっ!」


あまりにもありえない事態に真剣な表情でそう言えば、櫂はすごい勢いで三和を睨み付けてきた。けれど、今まで他人に自分から何か与える、他人の為に行動するということが極端に少なかった彼の取ったこの突然すぎる行動は、三和に十分すぎるほどの衝撃を与えた。

冒頭に発したあの言葉も交えつつ、未だ動揺を隠せずにアタフタする三和に痺れを切らしたのか、櫂は目の前にあるガトーショコラをザクリを一口大にカットすると、ずいっと三和の口元へと運んだ。


「うるさいぞ。いいから食え。ほら、“あーん”」

「うわっ!お前マジで今日は可笑しいぞ!あーんとか言うキャラじゃ……んぐっ!?」


ニタリと、ファイトをする時によく浮かべる人の悪い笑みと共に櫂の口から発せられた言葉に抵抗する間も無く、三和は口の中にガトーショコラを突っ込まれてしまった。

けれどももごもごと口を動かしつつ尚も抗議を続けるが、櫂には「何を言っているのか分からないな」と鼻で笑われる始末。

この後、なぜ彼がこのような行動を取ったのかという理由が明かされることになるのだが、その小さなやきもちが引き起こした今回の事態に三和自身が大きく関与していることに気付くまで、三和は恋人からの「あーん」を無理矢理受けるはめになるのだった。