※レン三和









「あーん」

「……あーん」


ひどく間の抜けた呑気な声と共に目の前で開かれた口に、オレは摘まみ上げていたチョコレートを放り込んだ。

ころりという乾いた音を響かせたチョコレートが口内に入ったことを確認すると、目の前の青年、雀ヶ森レンは満面の笑みを浮かべながらそれを咀嚼する。彼が咀嚼するたびに、ふわりと甘いチョコレートの匂いが部屋中を満たしていく。

そもそもこの部屋には今、三和がレンに与えている物と同じ物が丁寧に詰められた箱が所狭しと並べられ、そのどれもが全て封を開いた状態になっているのだから、甘い匂いを感じ取れない方が可笑しいのだが。


「相変わらず、お前の部下はすげーな」

「ふぁんふぇふぇふふぁ(なんでですか)?」

「食いながら話すなって……。いや、このチョコレートだけどさ、FFに所属する全員が一人ひとりお前に贈ったもんだろ?よく見りゃオレ達学生の身分じゃそう簡単に手の出せないような有名な店のもあるからさ…」


部屋中に敷き詰められるようにして並べられた箱を見ながら言葉を漏らせば、目の前のレンは口の中のチョコレートを咀嚼したまま問い掛けてくる。それに対し、三和が贈り主達から彼へと伝えられる熱意と有り余る想いに感嘆をしながら返す。

だらしのない笑みを浮かべる目の前の男、雀ヶ森レンはFF(フーファイター)と呼ばれるヴァンガードカードファイター達を育成する集団のトップを務める存在である。
一見、リーダー然とした態度では無い為、とてもそうには見えないが、ヴァンガードファイトが始まればその姿は一変。なるほど確かにリーダーなだけはあると納得させられるだけの強さを持っているのである。

そして、彼自身の持つ端麗な容姿や、その身に纏う独特な雰囲気も相まって、彼とその仲間が創り上げた組織である『FF』には、そんな彼のような人物憧れや崇拝の意を示すものが多く所属していた。

そんな彼と、一介の高校生である三和が何故知り合ったのかというと、二人の共通の親友である“櫂トシキ”の存在が大いに関係しているのだ。
互いの知る櫂という人間の話題を繋がりに交流が始まり、今となっては三和とレンは恋人同士という関係に落ち着いているのだ。

なので、今現在レンが食べているチョコレートは、実は三和がレンにせがまれて作った、正真正銘『三和の手作りバレンタインチョコレート』なのである。


「まぁそれは措いといてと…。本当にこの量を全部一人で食べるのか?」

「ええ。だってみんながボクの為に。ってくれた物なんですよ!嬉しいじゃないですか!」

「……お前、キャラ変わったな」

「?そうですか?」

「言っちゃ悪いとは思うけど、前はもっと傲慢で、世の中は全部自分が中心に回ってる。みたいなキャラだったからさ…。そんなお前がそうやって仲間を思い遣る言葉を言うのが新鮮でさ…」


アイチ達Q4の応援として行った全国大会の観戦席から見たレンは、三和が先ほど言った通り、今のレンとは正反対な性格で、傲慢さを隠そうともしない高飛車で不遜な態度を取っており、一時会場内外までをも騒がせたほどだ。そんなレンが、今こうして部下であり仲間であるFFの人間や三和からのプレゼントを心から喜び、その気持ちに応えようとしている姿は、三和にとっても嬉しいことだった。


「オレは、今のお前の方が好きだよ」


レンに言葉を挟ませる隙を与えず、三和は自分の素直な気持ちを伝える。その言葉は、今までずっと三和自身の心の中でしまい込んでいた言葉だった。


「なら、それはアイチ君や櫂、そして今まで支えて来てくれた仲間と、タイシ、キミのおかげですね」

「オレ達のおかげ?」


突然話題に上がった自身の名前に、三和はレンへ問い掛ける。その言葉にゆっくりと頷いてみせたレンは、続けて言葉を零しだした。


「はい。人を大切に想える気持ちがこんなに温かいものだと、愛しいものだとボクに教えてくれたのは、他でもないみんなのおかげです。だから、キミが好きなボクが今ここに居て笑い合えている今は、キミがボクにくれたプレゼントしてくれたものなんですよ」


ふわりと表情を和らげ、細められた慈愛に満ちた表情でレンは語る。その真っ直ぐすぎる言葉と仕草が端麗な容姿のせいでひどく気障に見えて、三和はかぁっと顔が赤くなるのを感じた。


「……っ!? お前、さ、そういう言葉言うの恥ずかしくねぇーの?」

「全然。だから、今ボクは与えられるすべてをもらうことで、彼等やキミへ愛情を返しているんです。ということで、もっと下さい、タイシ」


顔を赤くしたまま早口で捲し立てる三和にいつも通りのマイペースさでそう返答するレンに、三和はそれ以上何も反論出来なかった。

そんな三和の様子に気付いているのかいないのか、そこまで言うと再度口を開けた状態で、レンは三和へと向き直る。

三和を見つめる眼差しの奥に、燻りはじめた欲の火を見つけた三和は、けれどもチョコレートを摘まみ上げたまま挑戦的な眼差しで返し、こう言った。


「それはチョコレート?それともオレ自身?」

「どっちもですよ」


けれど、そんな三和の思惑はすでにレンにはお見通しだったらしい。ぱくりとチョコレートを咥えたレンの唇は次いで三和の指にキスをする。

それを合図に、三和は顔を下げて、レンの唇へ己のそれをゆっくりと重ねるのであった。