※惑星クレイパロ










「アイチ」

「あ、タクト君。どうしたの?」


虚無(ヴォイド)と呼ばれる謎の勢力から惑星クレイを救い数日が経った今日。

<ユナイテッド・サンクチュアリ>の中心部にある城では、捕らわれていた三英雄の解放を祝う式典が執り行われていた。

各国から集まった様々な種族の人物や、各クランの代表者とも言える先導者(ヴァンガード)達が総出で賑わう広場の隅にいたアイチは、自身を呼ぶ幼い声に反応し振り返った。

その先には柔らかな笑みを浮かべてアイチへと視線を向ける少年、立凪タクトが立っていた。

彼の正体は金色の騎士団(ゴールドパラディン)の主軸となる人物、<灼熱の獅子 ブロンドエイゼル>なのだが、人前で称賛されたり世辞を交わすのが苦手な彼は、こうした式典などの式では名前と姿を変えているので、アイチもそれに倣うように彼へと返事を返す。

アイチの意識が自身へ向いたことを確認した彼は、数度周りを見渡し誰も二人の会話に耳を傾けていないことを確認してから、さらに念を押すようにアイチへ屈みこむように手で指示すると、小さく囁いた。


「<ブラスター・ブレード>が、貴方を探していましたよ。…屋上の展望台で貴方を待っていると言付を預かりました。しばらくの間、人払いをしておきますね」

「彼が……。そっか、ありがとう。エイゼル」

「早く行ってあげて下さい。きっと、早く会いたくてたまらないでしょうから。あと、今はその名前で呼ばないで下さい」

「ごめんごめん。分かった、じゃあ少し席を外すけど、あとはよろしくね」

「ええ。ごゆっくりどうぞ」


小さな囁きで告げられた言葉に、アイチは静かにそう返すと、先導者としての証である正装をひらりと翻らせながら、目的地へと足を運ぶのだった。




















「ブラスター・ブレード!」

「お待ちしておりましたよ、マイヴァンガード」

「遅くなって…ごめ…」

「気にしてませんよ。それより、少し深呼吸して下さい。まずは落ち着きましょう」


屋上へと続く石畳の階段を駆け上がり、ぜぇぜぇと息を切らせたまま顔を上げた先には、満月の光で自身の身に纏った白銀の鎧を煌めかせた<ブラスター・ブレード>がアイチへと微笑みかけていた。

虚無により捕らわれていた三英雄の内の一人、アイチがゴールドパラディンを先導する前に契約していたクラン、ロイヤルパラディンの勇気の剣士である彼は、アイチの分身とも呼べるとても大切な存在だった。

捕らわれた彼等を救う為に奔走した毎日がまるで昔のことのように、目の前で微笑む彼の笑顔は以前とまったく変わっていなくて。

次々と溢れそうになる言葉を遮るかのように咳き込めば、そんな自分の気持ちを十分に理解してくれているのだろう。彼は、深呼吸を繰り返すアイチの背にその大きな掌を置きゆっくりと摩るように撫でる。

そうして数回深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた頃、アイチはようやくその口から言葉を吐き出した。


「おかえり、ブラスター・ブレード」

「ありがとうございます、マイヴァンガード。……いいえ、アイチ様」


傅き、恭しくアイチの手を取った彼はそう一言だけ呟くと、その唇を手の甲へと押し当て、キスをする。

そんな彼の行動に驚くこともせず、俯いた彼へ語りかけるように、アイチはぽつりぽつりと言葉を零していく。


「キミが隣からいなくなってから今まで、本当に色々なことがあったんだ。それこそ、一日じゃ話しきれないほどたくさんの出来事があった」


虚無に捕らわれた彼等を救う為に、ゴールドパラディンの先導者として新たな仲間と共に戦場を駆けたこと。

新たな人々との絆の繋がりを確かめ合い、時には競い、互いに目指すべき道が交差することを約束し、それぞれの方法で真相を突き止めようとしたこと。

過ぎる力に溺れ、他者を貶めんとする者との雌雄を決する戦い。

目まぐるしく過ぎていった過去に想いを馳せるように、アイチの口からは言葉が途切れることは無い。


「でも、一日たりともキミを、忘れたことはなかったよ」

「私もです。封印されている間、一時も貴方のことを忘れたことはなかった」

「だから、こうしてまたキミと会えることが出来て……触れることが出来て……」


顔を上げたブラスター・ブレードの空を映したような瞳が、アイチを見つめる。

アイチはそんな彼から視線を外すことなく、未だ自身の手に添えられたままの彼の手を握り締め、一番言いたかった言葉を紡ごうとした。

けれど、その言葉は最後まで続かなかった。

ポロリとアイチの瞳から涙が一粒零れるのと同時に、アイチは彼へと凭れ掛かるようにして崩れ落ち、嗚咽を響かせたからだ。


「ずっと、……寂しかった…っ!もう、…会えないんじゃないかって…このままずっと……離れ離れになっちゃうんじゃないかって…」


ひやりとした感触を伝える彼の鎧に包まれた胸へ、アイチは涙でぐしゃぐしゃになった顔を擦り付ける。

縋るように、確かめるように。崩れ落ちたその際に抱き留めてくれた彼の背中へ腕を回し、離れたくないと行動で示すように。


「不安……だったんだ…っ!」

「…私もですよ。ずっと、…ずっと不安でした」


しゃくり上げるアイチの背をあやすように撫でるブラスター・ブレードも、声を震わせて気持ちを吐露する。

今までに聞いたことがないほどに小さく震え、唸るような低さのその声音に、アイチはハッと涙を止め彼の次の言葉を待った。


「ですから、今こうして貴方に触れることが出来るようになって、本当に嬉しいのです」

「ブラスター・ブレード…」

「会いたかった…」


今度はブラスター・ブレードがアイチの感触を確かめるように抱き締める腕の力を強め、より一層強固な檻の中へアイチを閉じ込める。

それと同時に吐き出された言葉の端がひどく掠れていて、自分と同じくらい彼も辛かったのだということが感じられた。


「愛してる」


次にそう呟いたのは、果たしてどちらだったのだろうか?

否、二人同時だったのかもしれない。

頬に残る涙を拭い、二人はどちらともなく顔を近付けあいキスを交わす。

離れていた間触れられなかった分の溝を埋めるように、互いの愛を確かめ合うように。

視界の端を、白銀の雪が舞う。ひらり、ひらりと静かに落ち、庭園に咲いた花の上へ雪化粧を施すように。

繋ぎ、絡め合った手を離すことなく、二人はしばらくの間キスを交わし続けるのだった。



(and I'm home)



静寂が包む世界の向こうで、祝福のベルが遠くから聞こえた。