「今、紅茶を淹れるから少し待っててね」

「いや、あまり長居をする予定はない。気遣いは無用だ」

「でも…僕の部屋に人が訪ねてくるってあんまりないから…。ダメ、かな?」

「……仕方ない。それなら頂くとしようか」

「ありがとう!とっておきの紅茶を淹れるね!」


城内部にある自室に着いたアイチは、レオンを来客用のテーブルへと招き、もてなす為に紅茶を淹れようとその場を離れる。

けれど、対するレオンはそのアイチの行動に用事を手短に済ませると言ったのだが、アイチの部屋に友人として訪ねてくる人があまりいないこともあり、アイチ自身が来客であるレオンを手厚く歓迎しようと言外に是非とでも言いたそうに言葉を向ければ、レオンはそれに対し強く否定することなど出来ず、小さく吐息を零してから、アイチが紅茶を淹れるのを静かに待った。


「お待たせ、レオン君。はい、紅茶」

「ああ、ありがとう」


拙いながらも丁寧に淹れられた紅茶は、レオンの従者とも言えるジリアンやシャーリーンの入れる紅茶の美味しさには到底及ばなかったが、とても優しい味がした。


「それで、レオン君の用事って何なのかな?」

「ああ、それはな…」


そうして互いにティーカップに入れられた紅茶を飲み干した頃、アイチはようやくレオンにそう問い掛けた。

するとその言葉を受けたレオンはフッと不敵な笑みを零しながら自身の穢れの一切無い、アクアフォースのヴァンガードだと示す正装の胸ポケットから何かを取り出した。


「これを。先導アイチ、お前としたかったんだ」

「……それって、お菓子?」

「そうだ。クレイによく似た惑星、『地球』で流通している商品らしい。先ほど街の商人から買い付けた」

「(あれ?でもあんな商品扱ってる露店なんてあったっけ…?)」


赤い箱に描かれたお菓子は、イラストの色から察するにチョコレート菓子のようだ。

レオンは先ほどの露店から買い付けたと言っていたが、露店を行う際に提出される書類にも目を通しているアイチには、その商品を扱っているような店に心当たりが無かった。

だが、見落としているだけなのだろうと結論付ける。目を通しているといっても、多忙な為左から右へ読み流しているようなものなのだから。


「その商人から興味深い話を聞いてな。俺とお前で試してみたくなった。付き合え」

「それは別にいいけど…。その話って?」


その商人から商品を購入した際に聞いた話がどうやらレオンの中ではとても興味を引いたようで。

口調から察するに、二人以上いなければそのレオンがしたい用事は完遂出来ないのであろう。

だが、肝心の話の内容が分からなければ簡単に了承することは出来ない。

確かめるようにそう切り出せば、レオンは菓子の箱から棒状のチョコレート菓子を一本取り出し、口に咥えアイチへと向き直った。


「端を咥えろ、先導」

「………へ?」

「早くしろ」

「え、ちょっと待ってよレオン君!まったく展開が読めないんだけど!興味深い話って一体僕達がそのお菓子を食べることに関係してるの?!」

「ああ、そうだ。互いに端から食べていき、先に食べ進めるのを止めた方が負け。というゲームだ。敗者は勝者の言うことを聞く。それがこのゲームだ」

「ますます訳が分からないよっ!!」


そうしてレオンが放った言葉に瞬間呆けたアイチだったが、すぐに言っている意味と状況を理解し、その展開の速さに待ったをかけた。

アイチはレオンにその話の内容を聞いたハズだったのに、なぜレオンは菓子を咥えることを要求したのだろう。

言葉と視線でなおも訴えかけるアイチに真顔でそう答えたレオンは、話の内容を詳しく明かそうとせず簡単に説明しただけで今もなお菓子を口に咥えたままアイチを待っている。


「埒が明かないな…っ!」

「んぐっ!?」

「はふぃめふぁらほうひておふぇはよふぁっはは(訳:始めからこうしておけばよかったな)」

「れ、れふぉんくん!ふぉんなほってふぁいほ!!(訳:レ、レオン君!こんなのってないよ!!)」

「うふふぁい。いふほ、ふぇんほうふぁいひ!!(訳:うるさい。行くぞ、先導アイチ!!)」

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


あわあわとその場で立ち尽くすアイチに痺れが切れたレオンが、隣に座るアイチの後頭部を強引に引き寄せ自身の顔の正面へ固定し、有無を言わせずにアイチの口へレオンが咥えていない方のお菓子を咥えさせた。

そしてアイチがその状況から逃れようとする前に再度頭を両手で固定し、とうとうお菓子を食し始めた。

ぽりぽりと控えめな音を立てつつも着々と自身へ迫ってくるレオンの顔に、完全に身体をフリーズさせてしまったアイチは停止寸前の思考をなんとかフル稼働させこの状況から脱却しようと考える。

あまりにも強引なレオンのこの行為に、拳を使って制止するという考えも浮かんだが、それでは今度は別の問題が起こってしまうことが危惧される。

呂律の回らない言葉で制止しようとも考えたが、それは先ほど効果を成さなかったことを思い出し、アイチはいよいよ窮地に立たされてしまった。


「(どうしよう…。このまま行ったら…なにか、何か大切なものを失ってしまう気がする…っ!! 誰か…っ!!)」

「そこまでだ」

「っ!?」

「っ!? ……エ、エイゼル!?」


双眸にじわりと涙を浮かべ、最後の望みを掛けるようにアイチが心の中でそう祈るのと同時に、アイチとレオンの前に剣閃が走った。

それに弾かれるように互いに距離を取った二人が音と声の正体を探ろうと部屋の扉側へと視線を移せば、そこには眉を吊り上げ怒気を隠そうともしないゴールドパラディンの騎士である<灼熱の獅子 ブロンドエイゼル>が仁王立ちで立っていた。


「まったく、胸騒ぎがして尋ねてみましたが、どうやら正解だったようですね。……アクアフォースのヴァンガード殿、貴公は我らのマイヴァンガードになんて不埒な行為を強いているんですか」

「貴様が思っているような汚れた想いをこの俺が先導に抱いていると?勘違いも甚だしい。ただのお遊びだ」

「…今回はそういうことにしておきましょう。ご無事ですか、マイヴァンガード」


急に姿を現したエイゼルを見上げて呆けているアイチを一瞥してから、エイゼルはレオンとアイチの間に割って入るようにしてその身体を滑り込ませ、レオンを睨み付けた。

そして、その睨みと同時にキツイ言葉をレオンへと投げ掛ける。『不埒』という単語に違和感を覚えたが、今この二人の会話に割って入るだけの勢いをアイチは持ち合わせていなかったのでただ見守るように二人を交互に見つめることしか出来なかった。

けれどその視線と言葉を受けたレオンは竦むことなく、むしろそんなエイゼルに負けじと鋭い視線と返答を投げつけた。

その睨み合いから先に視線を外したのはエイゼルの方で、自身を見上げるアイチを気遣うようにして声を掛けてきた。

エイゼルのその言葉にハッとなったアイチは、手を顔の前で勢いよく振りながら、無事であることを示す。


「うん…。ちょっとびっくりしただけだから…。気にしないで」

「そう、ですか…」

「レオン君も、ごめんね」

「気にするな。よく考えたら俺の方にも非はあった。それは詫びよう」


エイゼルはアイチのその反応にまだ不服そうであったが、それ以上追及することはせずぐっと押し黙った。

それを横目で見遣りながら、アイチはレオンへと謝罪の言葉を述べる。けれど、レオンの方も思うところがあったのだろう、先ほどまでの勝気な風はなりを潜め、アイチへと頭を下げた。


「そんなことしなくていいよ。それよりも、どうしてあんなことをしようとしたのかだけ、聞いてもいい?」

「………、友達に…」

「友達?」

「お前と友達になりたかった。それだけだ」

「じゃあ、さっきの勝負の話って…」

「そうだ。俺が勝ったら先導アイチ、貴様が俺の友達になることを要求しようとした。負けた場合は俺が貴様の友達になってやる予定だった」


あまりにも深々と下げられた頭に今度はアイチの方がいたたまれなくなり、すぐさま頭を上げるように頼んだ後に、今度こそ彼の起こした行動の真意を問うた。

アイチのその問いに、はじめは言い渋っていたレオンだったが、やがて小さく呟くように言葉を零した。

『友達になりたい』それが、レオンが今日アイチの元を訪ね、勝負を持ちかけた理由だった。

そこまで考えて、アイチはハッとする。

彼と初めて出会った時も、会議の時も、彼は従者であるジリアンやシャーリーン以外の人間と接している所をアイチは見たことが無いことに気が付いたのだ。

《メガラニカ》での会議の時も、彼がその二人以外に話している相手と言えば、アクアフォースのユニット達くらいだったということも。

つまり、彼はそういった事務的なことを抜きにした関係である友人が欲しかったということなのだろう。

そこに対象として挙げられたのが、年もそう離れておらず、同じヴァンガードとしての立場にいるアイチだったのだろう。


「レオン君……ふふっ」

「何が可笑しい」

「いや、……そんなことしなくても、僕はいつでもキミの友達になったのに…。って思ってね。というか、僕はもうレオン君と友達のつもりだったんだけど?」


今回のこの行動が、果たして素なのか照れ隠しなのかは分からないが、アイチはそんなレオンの新しい顔が見れたことが嬉しくて、彼が不満そうにこちらへ問い掛ける中、一人笑みを零し続けた。

そんなアイチを見ていたレオンも、次第に顔を綻ばせ小さく笑みを零す。

先ほどまで緊迫していたはずの部屋は、いつしか穏やかな時間を刻んでいた。


「これからよろしくね、レオン君」

「ああ、よろしく頼む。先導アイチ」

「……せっかく友達になったんだから、そのフルネーム呼びじゃなくて、普通に『アイチ』って呼んでくれていいんだよ?」

「そうか…。よろしく、アイチ」

「うん!ありがとう!」


そうしてどちらともなく手を差し出し握り合って、アイチとレオンは『友達』として笑い合った。



(新しく出来た、僕らの関係)



キミと僕は、今日から『友達』!




















「(だが、私は貴公を認めたわけではないからな)」

「(フン。それを決めるのはお前ではない。アイチ自身が決めることだ)」

「(貴公のような人間にマイヴァンガードは渡さない)」

「(せいぜい無駄な足掻きをすることだな)」


新しい友達が出来たことで喜ぶアイチの横で、互いに牽制し合う二人が火花を散らしていたことをアイチは知らない。