※櫂くんが女装します





「櫂、すっげー似合ってるぜ!」

「黙れ三和!…くそ、どうして俺がこんな服を…っ!!」


休日、子供から大人まで、様々な客層で賑わうカードキャピタルに三和の爆笑する声と、それを受けて屈辱に顔を歪める櫂の姿があった。

未だに腹を抱えて笑い転げそうなほどの三和の目の前には、メイド服に身を包む櫂がおり、対する三和は執事服に身を包んでいた。


「しっかし、あの櫂がじゃんけんに負けるなんてな!くくく……ははっ」

「ヴァンガードファイトだったら負けるはずはなかったのに…」

「言い訳は見苦しいぞ〜。いや〜、それにしても傑作だな!」


ハロウィンと呼ばれる今日、いつものようにカードキャピタルに来た櫂と三和の二人を出迎えたのは店の店長である新田シンだった。

互いに挨拶(と言っても櫂が挨拶をするということはほとんど無い為、シンに挨拶を返したのは三和だけになるが)を済ませ、奥にあるファイトスペースに足を運んだ時、二人はようやく違和感に気付いた。

休日特有の賑わいは相変わらずなのだが、ほとんどの客が普段とは違う衣装、つまり仮装に身を包んでいたのだ。

そうして辺りに視線を巡らせれば、店の装飾もオレンジと黒に占められており、暗にハロウィンの雰囲気を漂わせていた。


―『せっかくなので、櫂くん達も仮装しましょう!衣装はまだありますから、ね?』


そんな二人の肩を両の手でポンと叩いたシンが、そう告げる。

よく見ればいつもの面々であるアイチやカムイ、果ては店員のミサキでさえも仮装をしているではないか。

これを見て、お祭り事が嫌いではない三和はすぐに了承をしたのだが、櫂は違った。


―『したければ勝手にしろ。俺はやらないからな』


と、シンの提案を一刀両断。逡巡する風も無く、即答したのだ。

素っ気なく、そういったイベントごとには興味も無い櫂らしい返答だったのだが、そこで引き下がる三和ではない。


―『じゃあ“じゃんけん”で櫂がオレに勝ったら仮装しなくていいぜ』


三和はにやりと挑戦的に笑い、櫂を挑発するようにそう言った。

ヴァンガードファイトよりもより早く、簡潔に勝敗の決まる方法。

いつもならファイトで勝敗をつけようとする櫂だったが、三和のその意図を汲んだのだろう。その提案を退けずにあっさりと受け入れた。

そして決まった結果が、今のこの状況を作り上げた。

ヴァンガードでは負け無しの櫂が負けただけでも十分に衝撃的なのだが、櫂にはさらに悲劇が待っていたのだ。

敗北したことに少なからずショックを受けていた櫂に、シンが更に追い打ちをかけたのだ。


―『すみません、思いの外お客さんの数が多かったようで…。衣装はこの二着しか残ってないんですよ…』


そう言って差し出された衣装は、ともにフリーサイズの執事服とメイド服。

それを見た途端店から出ようとした櫂を三和とシンが抑え込んで無理矢理に着せ、今の現状が出来上がったのだ。

いつもクールで人を寄せ付けないあの櫂が、メイド服に身を包み女装をしている。

それだけで三和はすでに笑いが止まらない状態で、今では右手に握り締めた携帯でそんな櫂の姿を写真に収めていたのだ。

そんな三和に悔しさを隠さない状態で睨み付けていた櫂だったが、不意にその口元を不敵に歪め、こう言った。


「Trick or Treat」

「へ……?」

「聞こえなかったのか?『Trick or Treat』と言ったんだ」


ファイトの時にいつも浮かべる人の悪い笑みと共に、櫂が放った言葉はこのハロウィンというイベントに欠かせないセリフであった。

ご丁寧に三和へと自身の掌まで差し出して。

お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。お決まりのその言葉にすぐにでもお菓子を差し出してやりたいのだが、このカードキャピタルは飲食禁止である為、櫂のその要望に三和は応えることが出来ない。


「まさか、お前…っ!!」

「持っていないのなら“イタズラ”、だな」


そこまで思考を巡らせて、三和はようやく櫂の意図としていることに気が付くが時すでに遅し。

三和の手を取り強引に引く櫂によって、三和は店外へと連れ出されそうになっていた。


「店長、すこしこの服借りるぞ」

「え、ちょっと、櫂くん?!」

「はぁっ!? 櫂、お前何言って…っ!!」


三和がすぐさま抵抗するも、こうなった櫂は頑として意見を曲げない為、その力強い腕の力に三和は成す術を無くしてしまっていた。

シンに服を拝借する旨を、彼の返事なしに決めた櫂に、三和はどこかへと連れられていく。


「俺がお前にたっぷりとご奉仕してやる。お前が笑ったこの服で、たっぷりと、な」

「嫌だぁぁぁぁぁぁっ!!」


そんな中落とされた櫂の言葉に、三和はこれから自身に起こることを想像し、顔を青褪めさせて叫ぶ。

だが、三和のその言葉は誰に拾われるわけでもなく、まだ日の高い青空へと溶けていくのであった。



(Trick or Treat!)



その後、二人がどうなったのかは誰も知らない。