※惑星クレイパロ





―『とりっくおあとりーと!』


覚えたての言葉をたどたどしく紡いで、幼い僕は目の前の青年へと言う。

僕の分身である勇気の剣士、<ブラスター・ブレード>は最初こそ目を点にして手を自身へと差し出す僕を見ていたけれど、やがて言葉と仕草の意味に気付いて目線を合わせるように膝を折って僕へ向き合ってくれた。

そうして、太陽の光を反射してキラキラと光る白銀の鎧を纏ったキミは、自身の掌から僕の幼く小さな掌へ色とりどりのキャンディを振らせながら優しい声音で、こう言ったんだ。


―『Trick or Treat。アイチ様』












「Trick or Treat!<ブラスター・ブレード>!」

「……もう、そんな季節になったのですね」


日が沈み、白く輝く月光が城の中庭を照らす中、アイチは自身の分身であり、自身が先導者(ヴァンガード)として籍を置く《ロイヤルパラディン》の勇気の剣士、<ブラスター・ブレード>に向かってそう言った。

その言葉を聞いた彼、ブラスター・ブレードはアイチの言葉にフッと笑みを零してそう返す。

きっと、彼の中でも四年前の出来事が思い返されているのだろう。

年端もいかない、まだ幼い先導アイチがロイヤルパラディンの先導者となって初めて迎えたハロウィンという行事。

尊厳な印象の聖騎士達もそれぞれが思い思いの衣装に身を包み、街だけでなく城中もハロウィンのお祭り特有の賑やかな雰囲気に包まれる中、幼いアイチに騎士団の王である<騎士王 アルフレッド>が悪戯な笑みを浮かべて教えてくれたのがその言葉だった。


―『いいですか、マイヴァンガード。ブラスター・ブレードに会ったらとびっきりの笑顔で『トリックオアトリート』と言って下さい」

―『とりっくおあ、とりーと……?』

―『今日はハロウィンという日で、その日にだけ使える特別な言葉の意味です。彼にそう言えば、きっと、良いものが貰えますから』



その言葉に素直に頷いて、彼の元から離れたアイチは、あの日もこうしてこの中庭にいたブラスター・ブレードへとそう言ったのだ。

朝のこの時間に中庭で剣の鍛錬を行っているブラスター・ブレードへ朝の挨拶もそこそこにそう言って、アイチはアルフレッドに教えられた通りに小さな両の掌も合わせて彼へと差し出した。

そんなアイチに目の前の彼がキャンディを渡したのが、今から四年前。


「あれからもう、四年も経ったんだね」

「時が経つのは早いものですね」

「キミに初めてこの言葉を告げてから今まで、この言葉を欠かしたことはなかったね」

「ええ、始まりは騎士王の気まぐれでしたがね」

「でも、キミはいつも用意をしていてくれたよね」

「…言ってほしかったのですよ。私は、貴方に」


あの日と変わらぬ笑顔で、僕達二人は笑い合う。

そこには四年前の出会いの時のような距離の遠さなどなく、あるのは、より互いが近い存在になったことを表すかのように近くなった距離だった。

一つ、また一つ互いに距離を縮めていく。


「けれど、私は今日はお菓子の用意をしていませんよ。どうしますか」


挑発的な笑みを、ブラスター・ブレードは至近距離でアイチへと向ける。

歩み寄り縮まった距離は、もうすぐで身体が触れ合いそうなまでになっていた。

その距離の短さは、四年間の内に二人の関係が共に愛し合う恋人同士にまで発展した証。

二人の間に漂う空気も、城内外から聞こえる賑やかな声に負けないくらい甘いものとなっていた。

そんな中放たれた彼の言葉に、アイチはかぁっと頬を朱に染める。

彼は、きっとわざとお菓子を用意しなかったのだ。彼と恋仲になってからというもの、こういったことに鈍いと自覚のあったアイチでもそれくらいの意図は汲むことが出来るようになっていた。


「お菓子が無い場合、“イタズラ”するのですよね。さぁ、どうしますかアイチ様」

「………っ!!」


再度、彼が問う。

挑発するような声音をそのままに、今度は確かめるように。

その言葉に弾かれるように、身体を跳ねさせて、アイチは残りの距離を一瞬で縮めるように彼の唇へ自身の唇を重ねた。

ふわりと浮いた身体を、けれどもすぐにブラスター・ブレードの身体に包まれるようにしてアイチは抱き留められた。

蹴り上げた足の衝撃で散った花弁が、月光の光を受けながら二人の間をさらりと流れていく。

そうして互いの身体と唇が離れた時、どちらともなく二人は笑い合った。


「キミにこんなに意地悪されたのは初めてだよ」

「それは私も同じです。貴方の方から口付けてくれるのはこれが初めてでしたから。とても、嬉しかったですよ」


くすくすと二人の間に笑みが溢れる。

差し出しあった手を握り合い、互いに魔法の言葉を紡ぎ合って、二人は再び唇を重ね合った。



(Trick or Treat!)



それは、『愛』を伝える魔法の言葉。